【エッセイ】真珠のネックレス(テーマ:糸)
今から30年前、真珠のネックレスを譲り受けた。
「これをあげるわ。結婚したら、冠婚葬祭のお付き合いが増えるでしょう」
母が大切に身につけていたもので、一人前として認められたようで嬉しかった。
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初めてつけたのは、自分たちの結婚式。ウエディングドレスと一緒に、キラキラ光るネックレスも準備していたが、式の当日、「違う!」と思った。そばにいた母は、真珠だと地味になると反対したが、彼と生きていくという決意表明の場なのだ。派手なイミテーションよりも、作り物ではない天然の真珠の方がふさわしい気がした。
その後、結婚式の写真やビデオを見る度に、あれでよかったと思っている。
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次の出番は、夫の母方の祖母が亡くなったときだった。夫の親族が「〇〇(本名)さん」と呼ぶ中で、ただ一人、おばあさんだけは「○〇ちゃん」と呼んでくれた。
「初孫のお嫁さんに会えるなんて、長生きするものね」
そう言ってくれた在りし日の思い出を、真珠のネックレスに秘めた。
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時が流れ、ある年のクリスマスイブ、夫と出かけることになり、支度していたときのことだった。お気に入りのワンピースを着て、真珠のネックレスをつけようとしたとき、弾け飛んだ。
「あぁー」
一瞬、何が起こったのかわからなくて、立ち尽くす私。夫は、部屋中に飛び散った珠を、せっせと拾い集めてくれた。
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ビニール袋に入れて、修理店を訪れると、
「ご自宅でよかったですね。外で切れると、とてもこんなには拾えません」
そのとおりだ。これが電車やバスの中や、エスカレーターの途中だったら……。想像しただけでゾッとする。
「珠は全部で48個ですね。確かにお預かりします。それで糸はどうしますか?」
昔は絹糸だけだったが、今は耐久性を考えてポリエステル素材の糸やステンレスワイヤーを選ぶ人が増えているという。絹糸はどうしても湿気に弱く、伸びやすい。しかし、こまめに糸替えをするなら、絹糸の方がきれいなラインのネックレスになるそうだ。迷った末、絹糸でお願いした。
1週間後、ネックレスは元どおりの美しい姿になって帰ってきた。珠と珠の間に見える糸が5ミリ以上になったら、糸替えの合図だと教えてもらって帰ってきた。
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それ以来、ネックレスを手に取ると、真珠よりも糸の方をしげしげと見てしまう。もう主役は真珠ではなくて、糸の方ではないかとさえ思うのだった。
(テーマ:糸 2021年3月に書きました)