心理カウンセリング|化粧をする理由
何回考えても、わからないんだ。
元が誰かわからんほどに、化粧をする理由・・・。
舞台とか、演出のため、ならわかるよ。
でも、普段の化粧で、そこまでやるって言うのは、どうしてなの?
毎回、傍で見ているオッサンは、勝手に心配しちゃうんだよね。
その顔で出会った人たちと、温泉旅行に行ったときとか・・・。
オシとワンチャン上手く行って、お泊りデートした時とか・・・。
ど~すんのよ!アンタっ!!!
はがれるわよ!化粧!
確かに、『いつもの自分』以外のモノになってみる、っていう
心理的な治療効果は有るかもしれん。
どっかのセミナー行ったときに、
パーティドレスを着た20人ぐらいの女性が、
入口からずっと並んでいて、満面の作り笑顔で、「こんにちは」
って迎え入れてくれたの。
壮絶な恐怖感だけしか覚えてない。
あまりにもキョーレツだったので、
何でそんな演出をしていたのか、って今でも思い出すことが度々あって。
でも、それは、彼女たちが日々抱えている?抱えていただろう?悩みから、
一時的にも開放される、その一瞬、を演出していたのだと、
それも、治療の一環だったのだと、思うようにしているの。
私は、お金を支払ってセミナー参加したけれど、
私も、彼女たちの治療に、一部、参加した演者(縁者)だったんだって。
そう考えんと、辻褄があわんので。私の人生観では理解不能なので。
仕方がない。
仕上がっていないセミナー講師にぶち当たったときも、同じ考えを充てた。
本来なら、
壱文たりとも支払いたくないと思えるほどの、不完全な仕上がり。
でも、縁ができてしまって。ぶち当たった。
お金を支払ってもらって、明らかな不完全を提供って、
私の人生の価値観の中にはないから。まったく理解できないんだ。
だから、仕方がない。
その人のための何かの治療への参加だったんだ。
神様が演出した治療のための舞台。
なぜか、縁ができちゃって、覗き見ちゃったんだと、
思うしかない・・・。
ベツモノになるって、心理学的治療には有効なんでしょうね。