パリに着いた日のこと①
ある年の9月、いよいよ私のパリでの留学生活が始まった。
飛行機に持ち込める最大限の荷物を持ってきたのでLサイズのスーツケース、ボストンバッグ、中サイズの肩掛けバッグ、とシルエットだけ見れば限りなくカービィに近かっただろう。私の先生はやりたい曲をなんでもやらせてくれるだろうと信じていたので楽譜は受験曲と受験後すぐ始めたい曲以外は船便でゆっくり二ヶ月後くらいに届く予定だ。
一番安い飛行機を取ったのでバンコクでの乗り換えも含めトータル20時間くらいのフライトだった。ほとんど寝ず機内映画を見ていた。シャルル・ド・ゴール空港からパリ市内までの一番安いルートはRER(首都圏高速鉄道)のB線だと知っていたがRERというものにそもそも乗ったことがなかったので、荷物も多いしやめた。タクシーはタクシーで外人客にはボッタクリを働いたり、高速道路の渋滞で止まっている間にバイクにのった兄ちゃんが窓ガラスを割って膝の上の荷物を攫っていくなどというある種西部劇のようなスペクタクルも繰り広げられるそうであまり乗り気ではなかったが、この大荷物ならどの交通機関を使用したもスリにあうだろうとよく分からない開き直りをし、タクシーにした。
タクシー乗り場に並ぶため外に出ると雨だった。ほとんど待つことなく車に乗り込み練習しておいた住所を伝えた。「Vous parlez français?(フランス語喋ますか?)」と聞かれ「un peu...(ちょっとだけ…)」アパルトマンまでの長い道のりが始まった。