受験に向けて①
さて、ようやく一通り生活の準備が整い受験に集中出来る。私の場合は私立の音源だけ送れば入学許可証が貰えてビザが取れる学校にとりあえず登録し、本命の第一志望の学校は10月が入試だった。
一人暮らしのアパートで練習する。日本では一軒家の狭い防音室でずっと練習してたのでリビングひと間にピアノがドカンと置かれた空間で練習するのが少し落ち着かない。隣人にも絶対聞かれてるだろうという自意識過剰がはたらいてなんとなく恥ずかしい。前の人より下手だと思われたらどうしよう、などと前の住人より上手い前提で来ていた自分に今これを書きながら気づく。
ピアノはあまり良くなかった。というか実家のピアノが私には一番なのだ。調律師からは、私がまだ日本にいたときに「最高の状態で本日アパートに搬入しました」とメールが来ていたので私の中での「最高の状態」レベルを大幅に下げないととても我慢ならなかった。課題曲が鬼の連打音続出な曲だったのだがまず鍵盤の跳ね返りが非常に遅い。これは不可能かもしれない、私はこの曲は弾けない運命なのかもしれない、と早くも日本で普通に弾けていたことを忘れて悲観になる。そんな絶望の中初めてのレッスンの日が来た。先生は夏期セミナーや日本に来日した際にレッスンして貰っていたが、大学4年の1年間はお会い出来なかったので約二年ぶりの再開だった。
まず第一志望の学校の校舎に初めて入った。前回来たときは夏のバカンスで閉まっていたので表札だけ写真に撮って拝んだだけだったのだ。中は吹き抜けで広々していて、壁はクリーム色で清潔感がある。レッスンの部屋は三階で、下手に階段を使うと私は確実に迷うことがわかっていたので大人しくエレベーターを待って3の数字を押して向かった。
私が着くとまだ前の生徒さんのレッスン中だった。久々の再開を喜んだところで「ちょっと練習してて」と言われ先生はどっかに行った。そこで学校のピアノに感動した。まずスタインウェイだし、連打が鳴るのだ。家のピアノでいくら弾いても鳴らずさよならしていた音たちがここで生き返ってきたような感覚だった。大体レッスンの始めに一回通して弾くときは下手くそなのだがこの時ばかりはこのピアノで弾くのが快感でならず夢中で弾いた。この日まで様々な契約やらなんやらで全然フランス語がチンプンカンプンで凹んでいたが、先生の言うことはほぼ全てわかる。先生が外人の生徒が多いから外人向けの話し方を得ているのだ。終わってからものすごく心が晴れ晴れした。天気もすごく晴れていた。