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(旧)2.堂道課長は帰れない。

「バカか、お前! んなことまだ言われなきゃできねえのか!」

 フロアに響き渡る怒鳴り声。
 隣の島で生気を失った目をしている夏実に、同情の視線を送っておく。

「お前、これやんの何回目だよ!? つか何年目だよ! ちょっとは考えて動けねーの?」

 怒られているのは同期の小林君。
 確かに私らもう四年目です。

「明日までだぞ!? できるわけねーだろーが! ったく!」

 堂道ついに部下に手を出すか!?と思う勢いで立ち上がったと思ったら、盛大な舌打ちをして自分のごみ箱を蹴っ飛ばした。
 立ち歩いていた社員が音もなく引いて道ができる(もともとある通路だけど)。
 堂道課長はそこそこ身長があるし、般若度マックスの今、若頭のお通りです!みたいな空気で、キータッチの音はもちろんみんな呼吸さえ遠慮して息止めてるはず。
 胸ポケットを探ってた。
 タバコを吸いに行くんだろう。

「もー。堂道やりすぎー」

 わが一課の課長である葉桐さんが、蹴っ飛ばされたごみ箱のぶちまけられたごみを拾う。
 このタイミングでこんな発言ができるのは葉桐課長あなただけです。

「小林君もホラ席に戻って。間に合わないようなら言って。俺、手伝うから」

 半泣きの小林君。慈悲の手を差し伸べる葉桐課長は見た目も麗しいお方なのでさぞ女神に見てることだろう。

 よその課だし他人事だし、最近は堂道課長にちょっとだけ広い心を持ててる私でも、怒鳴り声はさすがに滅入る。
 ちなみに、葉桐課長は一課メンバーに耳栓を支給してくれている。実際に装着しているつわものはいないけど。

────でも今だって、言ってること自体は。

 私は引き出しの書類の下に隠してあるメモをこっそりと見た。

 最近取り始めた堂道怒り語録。
 書き留めてみて分かったこと。
 今までは嫌すぎてどっちかというと耳に入れないようにしてたから理解が及ばなかったけど、そんな無謀なことは言ってないんだよなぁ。結構当たり前なことばっかり。言い方がアレなだけで。

 その日、うちの課にもトラブルがあって残業になった。
 帰っていいよと葉桐課長は言ってくれたけど、事務がいないと営業さんがやらないといけなくなって、できなくないけど余計な時間がかかる。
 小夜は予定があると言ったので私が残った。
 ほぼ全員残ってる一課と、隣の島には二人。
 堂道課長と小林君だ。

 といっても、課長は自分のそばに持ってきた誰かの椅子に投げ出した脚をあげて、いびきまでかいて寝ている……。
 堂道課長、瘦せ型でスタイルはいいから脚長い。
 でもその脚、絶対こっちに向けて欲しくないけどね。

「終わったー!」「終電ギリセーフ!」

 私たちの課のトラブルはなんとか目途がついた。

「堂道!」

 葉桐課長が声をかける。

「んあっ!?」

「お前ら終電大丈夫か」

「ん? あー。俺んちもう行ってら」

 その言葉に腕の時計を見た葉桐課長が、ほんとだ、と肩をすくめる。
 大きなあくびをしながら、
「おーい小林、できた?」

「す、すみません。まだ……」

「あー? なんだよ、どんだけできねーんだよ、お前。オイ、手伝うから貸せ」

 今? なら寝てないで最初から手伝えばよかったのではと思うけど。

 帰り道、私は方面が葉桐さんと途中まで同じだ。

「堂道課長たち、大丈夫でしょうか」

 主に小林君が。病んだりしませんかね。
 パワハラで訴えられればいいのに、と夏実らといつも言ってきた。他の社員もみんな思ってる。

「大丈夫大丈夫。あんなだからすこぶる評判悪いけど、あいつに育てられたやつはみんな堂道のこと好きだよ。まあ十人いたら育つやつ一人くらいだけど」

「え」

「でも、全員使えるやつになって出世してる。だからみんな堂道の下につきたがってるよー?」

「え……」

 少なくとも私の周りにそんな営業さんはいない。みんな鬼か悪魔かと言うレベルで恐れてるけど?

 私の降りる駅がアナウンスされる。
 帰ったら一時前か。最終の乗り継ぎ、急がないと。

「……堂道課長、終電もうないんですか」

「あいつん家遠いから」

 次の日、あの後どうなったのか小林君に聞いたら、仕事が終わって課長とラーメンを食べて、それからタクシーで送ってくれたと話してくれた。全然最悪じゃなかったって顔で。

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