
【小説】(19)限界集落に出戻ったら工芸職人の幼馴染と再会した話
銀に白鹿、春嵐
結局、春鹿は六ツ美が帰るのを見送って、一人で他のブースを見て回り、晴男のトークショーを聴き、そのうちに終了時間になった。
明日の日曜日もフェアの日程があり、ブースの設営はそのままにしておくとのことで、晴嵐は春鹿が待っていた外のベンチに意外と早くやって来た。
それでも日暮れが早くなった季節、辺りには夜の帳が下りかけている。人もまばらで昼間の賑やかさはなく、関係者らしき人達がお疲れ様と声を掛け合って帰っていく。
ずっと外にいたので目が慣れている春鹿にはまだ夕方の暗さだが、明るい室内から出てきた晴嵐には真っ暗に見えるだろう。
杉林は自分の車で帰り、戸田と千世はすでに晴男の車で焼肉を食べに向かったらしい。
「これまた、たげ買ったべな……」
春鹿の足下のプラスチックかごの中を見て目を丸くした。
エコバスケットとして、スーパーの手提げかごが売られていたので購入し、そこに買ったものを入れているのだが、袋や包装のない裸のままの泥付きの野菜は、まるで畑で収穫してきたもののようだ。
「……車で来ればよかった」
春鹿は肩を落として言った。
陽が落ちた後の肌寒さと、目を凝らさなければ表情が見えないくらいの暗さが、春鹿の沈んだ心持ちとリンクする。
「無責任なのは六ツ美だ。六ツ美が誘っだんだがら、なにもおめが気に病むことでねよ」
晴嵐が腰を折って、かごの両手を持った。
持ち上げようとして、春鹿がまだ腰を上げようとしないので、再び持ち手を離す。
晴嵐は、ただ春鹿の前に突っ立っているだけの格好になった。
「千世ちゃんにも申し訳なかったな。楽しみにしてただろうに」
「あいつらは肉が食えたらそれでいんだがら」
「……そんな単純な話じゃないって、あんたもわかってるでしょ」
晴嵐は本格的にかごを持ち上げ、言った。
荒いプラスチックの目から砂がパラパラと落ちる。
「そのうち、おめの耳さ入るがもしれねがら先に言っておぐ」
春鹿は晴嵐を見上げる。
作務衣ではなく、スウェットパンツとTシャツに着替えているが、どう見ても寒そうだ。
「正直、千世を嫁にもらう話は前にあっだ。ばって、二人でそれについで検討しあう前に立ち消えた。千世は銀細工にも詳しいし、白銀のごとも好いでけでる。けんど、千世はこっだなところで終わっでいい才能の持ち主でねぇがら。もったいね。それに千世のごとは妹みてなもので、それ以上には思えね。俺がそう思っでるごとは千世も知ってる」
二人の仲は、春鹿が考えていたよりもずっと大人で、惚れた腫れたではない現実的な解決をも見ている。
「さ、冷えるべ。もう行ぐぞ」
「うん……」
春鹿はようやくベンチから立ち上がった。
「なあ」
「……ん?」
「こごさ来だら、いつも湯さ寄って帰るんだげんど、おめも寄っでみるか?」
「湯? 温泉? ってまさか河原で猿とかと一緒に入るやつ?」
「ばぁか。違うわ。スーパー銭湯。あれ、あっぢさ建物」
晴嵐が顎で指す。歩くには少し遠いところに、サーカスのテントにも似た建物が立っていて、それが温泉施設らしい。
「いろんな風呂があって楽すぃじゃ」
「へぇ」
「洒落てはねぇべ。利用客はジジイとババアしかおらねしな」
「私、何の用意もないけど」
「借りればいい」
「じゃ、行く」
温泉の区画まで車で移動するというので、軽トラを停めている駐車場に向かう。
プラスチックのかごの手を、晴嵐と春鹿とで片方ずつ持つ。
「しがし、これさ何買っだんだ?」
「さといもとかさつまいもとかかぼちゃとか」
「こっだな泥の野菜、六ツ美の車に乗せだら迷惑がられるべさ」
「ムッちゃん、新聞敷けばいいって言ってくれたもん」
「そういえば、銭湯のレストランに猪肉の焼肉メニューがあっだはずだべ。俺らも肉、食うがー?」
「いいねー。でも牡丹鍋でもいいなー、寒いし。てか、あんたその格好、寒くないの?」
「全ぐ」
「あー、やっぱバカだわ、あんた。実演見て、びっくりしたのに」
「びっくり?」
「うん、別人みたいに真剣で、びっくり」
「びっくりの他に何がねのかよ。カッコよがったとか、男前だったどか」
「それは全く」
薄闇の中を並んで歩く二人の頭上に、一番星が明るく光っている。
白銀の季節の移ろいはいつも早い。特に冬に向かうときはいっそう駆け足になる。
村は冬に差し掛かる秋を迎えていた。