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(小説)坂巻くんはツンデレをやめたい⑥

「ほう、あれが坂巻ね」

 まるで出前途中のラーメン屋のバイトっぽい巧が、与えられたビブスを着る坂巻を見下ろしながら言った。
 ロンちゃんと三人で、体育館の二階通路から試合観戦だ。

 うまい棒100本を賭けて、わが白羽バスケ部員チームを含む11チームがエントリーしているもようだ。在校生が大半だが、私服姿の外部生も何チームかいる。

 バスケの試合なんて、見るのは数年ぶりだし、成長した坂巻の試合は初めて。
 現役バスケ部もいるので、今、坂巻だけが長身で目立つということはないが、悔しいけどイケメンなのとさらに赤髪が手伝って、観戦客はざわざわしている。
 そして、同業からは「わー坂巻」「まじで坂巻」という視線。

 すかさず坂巻をSNS検索した巧とロンちゃんによると、確かに中学の時の活躍が相当数ヒットするらしい。

「わー、顔ファンも多いわ。男の敵!」と出前バイト。

「偽ハナミチ、無駄にイケメン」と配管工。

「あのカラーリングは、やっぱバスケつながりからの花道意識なわけ?」

 巧が坂巻を指すように顎を突き出しながら、私を見た。

「……さあ、知らない。私、ハナミチの存在知ったの今日だし」

 早速、東泉チームの試合が始まる。
 コートの中央でボールが高く投げられ、坂巻が高くジャンプする。

「わ、ジャンプ高っ」

「巧、バスケわかんの?」

「まあ、詳しくはないけど普通に」

 坂巻がはじいたボールを百岡くんがドリブルして、途中で坂巻にパスしたかと思うと低い姿勢からボールをひとつき、ふたつきしたのち、あっという間に1点取った。
 それは当たり前のことらしく、普通に百岡君とハイタッチ。シュート入って喜ぶとかはないらしい。

「相手はうちの二年の、一般参加っぽいな。三人のうち、一人はサッカー部の人だわ」

 巧が言う。
 素人目にみても実力差がありそうだ。私がやるよりは断然うまいけど。

 百岡くんは何をやらせても平均以上にできるタイプなのは想像どおりで、玄武谷くんも積極的に攻撃に参加しているとはいいがたいけど、パスの中継でそれなりに役には立っている。
 
「坂巻の指示がさすがだな。パスが通る場所に自分が入って、味方にボールを出させてる」

「巧、バスケわかんの?」

「ま、それなりですけど」

 坂巻のプレーは負う気がなくても目を惹く。
 ドリブルのスピードも段違いだし、フェイントや相手をかわす技がすごい。
 シュートに行けば百発百中。
 だんだん坂巻もノってきて、自分で取って自分で入れるワンマンプレーも多くなり、笑顔もガッツポーズも出始める。
 独壇場だった。
 昔、一度だけ試合を見に行ったとき、キラキラしていかにもバスケを楽しんでる顔をしていた。
 次第に、試合を見ている人全員が根拠もなく東泉チームを応援するムードになってきて、シュートが入れば、わっと歓声が起きる。

 あっという間にトーナメントを勝ち抜いて行き、決勝はわが白羽学院高等部バスケ部レギュラーチームとの闘いになった。
 さすがにそれまでのように得点できない。

「現役の本職相手だからなぁ。ディフェンスされて坂巻が自分で行くに行けないし、パスもなかなか通してもらえないし」

 巧が手すりに頬杖をついて、
「今はバスケ部じゃないんだっけ?」

「らしい」

 百岡くん曰く。 

「やっぱスタミナ不足するよな」

「巧、バスケわかんの?」

 三度目のロンちゃんに、
「君たちよりは、な!」
 と巧は顔を引きつらせている。

 確かに、汗もすごいし、膝に手をつく場面も多く、表情も苦しそうだ。
 何連続かで試合しているし。

 タイムアップの一秒前、坂巻は外のラインからロングシュートを放った。
 見るからに苦し紛れの一本だったが、見事にリングネットを通り抜ける。
 けれど、試合自体は負け。
 うまい棒百本はゲットならずだった。

「参加商品はうまい棒一人一本。準優勝なのに」

 玄武谷くんが不服そうに言うのに、百岡くんがツッコミを入れる。

「いやいや、活躍度でいうと、スザクは十分参加賞レベルだから」

 バスケ部のミニ試合が終わってしばらくして、私とロンちゃんが家庭科部の当番のとき、東泉高校の三人が顔を見せた。

「ロンちゃん、まのちゃん、とりあえずコーラ! ジョッキで!」

 上記はさすがにチーム東泉の発言ではなくて、仕切っているのはかごちゃん。家庭科室にやってきたのは百岡くんたち三人だけではなく、かごちゃんプラス一年のバスケ部軍団も一緒の団体様だった。すっかり仲良しになっている。

 手作りのチョコチップケーキと紅茶を楽しんでもらうロンドンティールームが今年の家庭科部のコンセプトなのに、すっかり雰囲気は居酒屋だ。

 ほのぼのと展示されたハンドメイド小物のコーナーがいたたまれない。各クラブ用に作成したフェルトのお守りバスケ部バージョンをせっかくなのでお買いあげしてほしい。家庭科部のもう一つの顔は、女子マネがいない男子クラブ用に部活カバンの必須アイテムである手作りマスコットを作ってあげている。お日にちを頂きますが名入れも可能です。

 ジョッキのご用意は当然ないので、紙コップに入れたコーラを人数分、急いで配る。

「お疲れ様」と百岡君の前に置いて、続いて坂巻の前に、何て言おうかしばらく考えて、「……惜しかったね」と言いそえた。

 坂巻はまだ汗で髪の裾がぬれていた。いつものオールバック風(と私が思っていた髪型はもしかしたらリーゼント風なのかもしれない。今日仕入れたハナミチデータに髪の色が基づいているとするなら)の髪のセットが崩れたのか、タオルで頭をキムタク巻きにしている。

「……ダセーの見んな」
 
 下を向き、低い声で呟いて、機嫌が悪そうだ。
 
「えっと、それは髪型……のこと?」

「違う違う! 試合のことだよな、嶺王。こいつの髪型がダサいのはいつもだから」

 百岡君のフォロー。
 あ、触れていいトコなんだ、髪型。やっぱ同じ男子からしてもダサいと思われてるんだ。

「……試合は、ダサくなかったよ?」

「だってさ、レオ君」とスザクくん。

「ねー? だいたい俺とスザクは素人で相手は3年レギュラーだよ? 勝つとか無理でしょ」

「うん、そうだよ。それに、坂巻は今、現役でもないんでしょ?」

 坂巻が机の上に置いていた手のこぶしにぎゅっと力が入った気がした。

「あの、チョコチップケーキください」

 スザクくんが小さく挙手する。

「あっ、はい」

「真野さん、僕もください。嶺王の分も」

「まのちゃん、俺らも欲しー!」

 バスケ部員が次々に手を挙げる。
 売れ残ってた分がこれで一気になくなりそうだ。

「坂巻のプレー、すごかった。びっくりした」

 負けて落ち込んでいるようだ。

「昔、見たときより、全然スピードとか迫力とか違うし」

「バカだろ。んなの当たり前に決まってん……」

「嶺王」

 坂巻の言葉の途中で、百岡くんがぴしゃりとその名前を呼ぶ。
 笑ってるけど、笑ってない……?

「……ごめん」

 坂巻は下を向いて、何の、誰に対するごめんかわからないけど、小さな声でこぼす。

「はーい。東泉チームにはお疲れ様でケーキはタダにしとくわ」

 ロンちゃんがトレーを持ってやってきて、ケーキの乗った紙皿を三人に配る。

「ラッキー! ありがとう」

 笑顔を戻した百岡くんが言って、スザクくんは「やったー」と言葉では喜びを表したが、それがどうにも棒読み。でも一番に「いただきます。うまっ」と食べていたから、たぶん喜怒哀楽が表情に出にくい人なのかな。

「これって真野さんたちの手作り?」

 百岡くんが顔を上げた。

「うん、家庭科部のみんなで焼いて」

「そうなんだ。サービス、ありがとうね。いただきます」

「味は大丈夫だと思うけど。甘いの苦手だったらちょっと甘いかもだけど」

 百岡くんも「おいしい」と食べてくれた。
 でも、坂巻はいっこうに手をつけない。
 うつむいてるようで、実は、ケーキを睨んでいる……?

「私が焼いたのなんてまずくて食べれるかとか言うんなら……」

 私は経験からこの場面でいかにも言われそうなことを先回りして、紙皿を坂巻の前から引いて下げようとした。

「ち、違うし!」

 紙皿を引っ張る力が拮抗する。引っ張る私ととどめる坂巻。

「え?」

「……違うって。待てって。た、食べる、から」

「無理しなくていいから」

「……た、食べたいんだよ!」

 大きな声で言うから、私はびっくりしつつ紙皿から手を離した。 

「食う、から……ちゃんと。でも、ちょっと待ってくれ」

「……はあ、じゃあ、どうぞ、ごゆっくり」

 私は一歩後ずさった。

「激しい運動後だからね、胸がいっぱいなのかな」と百岡くんが言って、「もったいなくて食べれないのかも」とスザクくんが言う。

「食うし。食えるし……腹減ってんだよ、くそまずくても、くそ甘くても、どんなもんでも食う」

 三時のおやつどきになって、ロンドンティールームは混雑してきて、バスケ部とチーム東泉が席を立つ。

 百岡くんが「俺ら、もう帰るわ。真野さん、またみんなで遊ぼうよ。かごやんやロンちゃんも一緒に」と言うので、ラインを交換する。

「いろいろごちそうさま」とスザクくん。やっぱ食いしん坊君だわ。

 坂巻は二人のうしろにいて、ハンドメイドコーナーを見ていた。

「……おつかれ」

 一応声をかけておく。

「……おう」

「じゃあ、またコンビニで。今日で文化祭終わりだし」

 放課後も、いつもの日常に戻るから。
 私が言うと坂巻が顔を上げた。運動後のまだ上気した顔で、目が少し充血していた。

 文化祭を終えて、代休があって、その次の日、私はいつものようにコンビニに寄った。坂巻はやっぱりレジにいた。
 
「文化祭、その、来てくれてありがとう……?」

 坂巻に対してお礼を言う必要があるのかどうかいまいちわからないけど、主催の学校の者として、ご来場いただいたお客様だから間違ってはいないよね。

「いや……別に……」

 坂巻はぼそぼそと言って、なんかいつもの感じと違う。

「……試合して、疲れたりしなかった?」

「あんな遊びみたいなので疲れるわけねー……! あ、悪い……」

 いつもの勢いが戻ったかと思えばまたすぐおとなしくなる。なんか変。
 私は首をかしげながら、買ったペットボトルとグミをカバンに入れて、「じゃ」とレジ前を通り過ぎようとした。

「お、おいっ!」

 大きな声で呼び止められる。
 何事かと振り返ると、
「文化祭は、その、お前に黙って行って……ごめん」

「え? いいよ、そんなの。謝ることじゃないよ。私の許可がいる方がおかしいし」

 確かに、坂巻が来てすごくびっくりしたけど。
 それに、事前に「行く」って言われてたら、それはまあ、全力で拒否ってたと思うけど……。

「じゃあ、……バイバイ」

「おう」

 元気というか、覇気がない。文化祭のときも感じたけど。
 突っかかってこない。減らず口というかああ言えばこう言ういつもの売り言葉に買い言葉がない。そもそも私からはいつだって言葉は売ってないけどね。
 いやいや、会話がなくて、それでいいじゃん。願ってたことじゃん。私は坂巻と別に話をしたいわけじゃないんだから。スルーしてくれるのを願ってるんだから。

 と言いつつ、私としたことがある日のコンビニで聞いてしまった。

「あの、なんか怒ってる……?」

「は?」

 バーコードをしていた坂巻が、眉をひそめて顔を上げる。

「ごめん、質問が変だわ。坂巻はいつもキレてるのがデフォだもんね、怒ってることは普通なんだから、怒ってていいんだけど、なんかいつもの元気なくない?」

 ちょっと自分で言ってて意味不明だけど、とにかく最近の坂巻は……。
 
「あ、わかった。『口数が少ない』んだ」

 坂巻は言い当てられたように顔を赤くして、視線をそらした。
「別に……」と呟いてから、「……あんま喋ったりすんのやめようと思って」

「……もしかして、店長さんとかに怒られたりしたの?」

「ちげーし!」

 怒鳴るように言われて、私はリアルであの『耳キーン』って漫画の絵みたいなことになった。

「ロクなことにならねえから、しゃべるのやめたんだよ!」

「え、なに、ケンカ売ってくるのを突然やめたと思ったら、次は無視ですか?」

「ちげえよ! 俺の口が災いの元なんだよ! この口が余計なことばっか言うんだよ! ああいう言い方しかできねえから、だから……お前に不快な思いをさせないように……」

「は? 私……?」

 なんか、坂巻が反省してる。何があったのか知らないけど、自重してる。しおらしい坂巻、すごく新鮮!
 確かに不快な思いはたくさんしたけど。
 それなりに気にしてくれてたんだ。

「……坂巻はコミュ障ってことか」

「オイ、言い返せねぇと思って調子に乗ってんじゃね……あ、ごめん」
 
 しゅん。
 う、なにこれ、おもしろい。

「……話す言葉を『おかか』とか『しゃけ』とかだけにすればいいんじゃない?」

「……それ、ただのイキリじゅじゅキッズじゃん」

 坂巻の表情がふっと緩んで、力なく笑う。
 ああ、あれは虚勢だったのかな。
 坂巻も、好きでああいう言い方をしてたんじゃなかったのかな。

 再会してから、中身は小学校のときのままで時間が止まって、体だけが大きくなった子供っぽい坂巻しか知らなかったけど、文化祭で百岡くんやスザクくんとかかごちゃんとかと話したり、行動したり、バスケしたり、そういう普通に十六歳の高校生の坂巻もちゃんといるんだっていうのを知って、今の坂巻に普通に話をしてみたいこともあるにはある。

「そりゃ、いつもみたいなけんか腰じゃなくて普通に、話せた方がいいし、だって会話にならないし。けど、なんか、いつもどおりの坂巻の方が坂巻らしい気もする。今、変だもん。無理してるのわかるし」

 その日を境に、相変わらずかわいくないことも言うけど、普通にできる会話も多くなった。
 坂巻が、しゃけおかか風に言うと『呪言』の出力を30%くらいに自制してる成果だと思う。

 とはいえ、坂巻も仕事中なので長々と話すわけにはいかない。
 私の後にレジに並んでるお客さんがいるときだってあるし。
 
「中間、もうすぐ?」

「範囲やべぇ」

「中間終わったら今度はウチが文化祭」

「坂巻のクラスはなにするの?」

 日々、何かを知るには短い時間だ。
 少しだけそれに物足りなさを感じてるとは、絶対に認めたくないけど。



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