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(小説)坂巻くんはツンデレをやめたい⑩
中学に入学したとき、同じクラスになれるかドキドキしてたら(もはや能天気すぎて笑えない)、どのクラス名簿にも真野の名前がなくて、さすがにその時は冷やかされるとか勘ぐられるとかそんなの関係なく、真野と仲が良かった女子に聞きまくった。
でも誰も何も知らなくて、わけがわからなくて、俺はパニクった。
小学校に担任だった先生のところへ行って、すると「真野は中学受験をして、A市の私立中学に行ったぞ。小学校の間は内緒にしてくれと言われてたんだ」と聞かされた。
ずいぶんあとから学校には公立と私立、二つの選択肢があって、真野、あるいは真野の親がなにかしらの意思でA市の私立中学を選んだのだと理解した。
そして、その意思ある選択は、うぬぼれかもしれないけど俺が原因かもしれない。
真野のことは当時も今もずっと苦い思い出だった。思い出したくない恥ずかしい、でも、ずっと心の中でくすぶってひかかっている。
そして中学に入ると、それまで超ハズい話とされていた男子と女子のコイバナ(好きな人が誰とか、付き合うとか、告白するとか)が、知らない間に平然とみんなの関心の中心になっていた。
俺も何回も告白されて、でもその度に、真野を傷つけたことが思い出されて、そしてどんな女子から告られても、やっぱりあの真野と過ごした時間が楽しかったと、その度にさらに思うだけだった。
中2のとき、教育実習にきた先生が、元バスケ部だったこともあって、すごく仲良くなった。勉強以外にもいろいろ教えてくれて、相談とかも乗ってくれて、だから俺はつい弱音を吐いた。その人に初めて自分の後悔を言った。
「嶺王はどうしたいの?」
「……わからない、けどとにかく謝りたい。それであの時は言えなかった本当の気持ちを言いたい」
「その子は許してくれないかもしれないよ? 嶺王は謝ってすっきりするかもしれないけど、だからってその子の傷が癒えるわけじゃない。そういうのを自己満足って言う」
謝れば解決すると思ってたから、先生の言葉は、突き放されたみたいに鋭くて俺は絶望した。
謝っても解決しないことがあるなんて。
「……それでもやっぱり、謝らせてほしい」
そして、言ってもいいなら伝えたい。
真野と過ごしたあの夏は、俺の今までの中で一番キラキラしてた時間だったって。すげぇ楽しかったって。
「そうだな、嶺王だって、もう前に進みたいよな」
その先生に、頭を優しくたたかれて、俺は泣きそうになるのを必死にこらえた。
「ただ過去は消せない。だから、嶺王はその後悔を抱えて生きて、せめてこれからの人生で同じ失敗をしないようにするしかないよ。小学校の男子の言動なんて、幼稚ないたずらだって一括りに忘れてしまってもいいことを、ちゃんと反省して清算しようとする、嶺王はいい男だ。自信持て」
うん、と頷けたかどうか。
そのときとうとう俺の目から涙が一粒こぼれてしまって、先生は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でて見ないふりしてくれた。
「だからとりあえず、あの時のことを謝りたいって話っす……」
白羽学院中・高等部と書かれた門の前で、俺と百岡、スザクは立ち止った。
「目標設定低いな、オイ」
「たくみから略奪なんて、まだまだ先の話かぁー」
「り、略奪なんて、そんな真野の幸せ壊すようなことしねーし」
白羽祭は盛り上がっていた。
スザクの兄貴のなんとかのなんとかの人の名前を言って、入場手続きを済ませる。
結局、今日行くことは真野に言えなかった。
会えたら真野は驚くだろうし、それから嫌な顔もするだろう。コンビニで初めて俺に気づいた日みたいに。
「おい、嶺王。今日は俺が合図出すまで口開くなよ。で、真野さん、何組?」
「え、知らねーけど」
「はぁ? まじかよ。スザク、SNSで調べてよ」
「普通クラスとかプロフに書かないでしょ」
「しゃーない。1年の1組から順番に回って探そうぜ」
「お、4組のゲームカフェ! ここ行きたい!」
「とりま、行きますか」
「いざ、出陣!」
「おう」
でもようやく俺はここへ来た。
小学校六年の二学期からの、3年と少しの後悔を謝りに。
*
「てゆーかもう甘いのいらねー」
百岡の顔が胸やけしてる。
一年クラスの出し物はほとんどが飲食店で、しかもなぜか全部スイーツ系。
五組まで回って全クラスで食べた。
けど、真野は見つけられない。
「てゆーかさ、真野さんが当番の時間じゃなくて、クラスにいなかったって可能性も大いにあるよね」
出し物は何をするのか、せめて一年何組なのかくらい聞いておけばよかった。
けど、普通の会話もロクにできないのに、クラスなんてどうでもいい細かい情報を聞き出すテクが俺にもあるわけもなく。
「どっかにクラス名簿とか貼ってねーかなー。ねーかー。ま、あと6組だけだし、いなかったらもう誰かに聞くべ」
百岡がポケットに手を突っ込んで先頭を行く。
廊下の一番奥の6組の教室は中華っぽい装飾で『炸醬麺』って書いてあった。
うーん、漢字が読めない。けど、たぶん中華系の麺なんだろう。
口がとたんにしょっぱいものを求め出した。
「ジャージャー麵だって」
「なにそれ」
「なんか、汁なしのやつー?」
呼び込みの女子の衣装がチャイナ服のコスプレで、割と本格的。
え、え、え、真野がこのクラスだったら……やばくね? と思いながら、教室に入ると、ビンゴで、真野はいた。
「いた……!(小声)」
「え、どれ!? マリオ? あのチャイナ服!?(小声)」
スザクもつられて小声。
真野も俺に気づいて、その表情に心が折れてうつむきそうになった時、
「えっ、坂巻!?」
と誰かが俺の名前を呼ぶ。
真野とマリオコスプレと一緒にいたバスケユニの男子が俺を指ささんばかりに叫ぶ。
「南中の坂巻嶺王じゃん!」
あ、うん、そうだけど。
そういえば、俺中学バスケでちょっとした有名人だったかもしれない。いや、有名かも。取材とかインタビューとかそこそこあったし。
そして、聞き捨てならない『ハナミチ』という単語。
意識して赤く染めてる奴と思われてる。恥ずかしい。
*
「いや、マジ百岡、神だろ」
「うん。将来、営業とか勧誘とか向いてるね、怖いくらい」
いや、マジ神だ。
ものの数分で、様々な情報をゲットし、そして様々な約束を取り付けて、一瞬で場を支配していた。真野塩対応もものともせず。恐るべし……!
グランド脇の花壇に腰かけて作戦会議。
「レオ君、バスケ封印してたんじゃなかった?」
「いや、俺もここで解禁は効果的だと思うぞ」
どさくさでバスケをすることになった。
正直、ドキドキワクワクして、落ち着かない。
「あのバスケ部くんがグッジョブだよ。嶺王に興味持ってくれたうえに、素で見せ場作ってくれて」
「籠谷くん、キャラもなんかいいしね」
「マリオのロンちゃんって『RON』だよな、嶺王がブロックされた女子」
「写真で知ったけど、実際会っても全然わかんねーわ」
「まあそれはインスタあるある」
「真野さんだって、写真と違ったよな。坂道系でかわいいじゃん」
「確かに塩だけど。レオ君限定で」
「マジ、昔何したんだよ。ウケるわ」
「たくみはいなかったね」
「真野とクラス違うのかもなぁ」
「バスケんときは観にくるかもな。籠谷くん、めちゃギャラリー集めてたし」
「レオ君、マウント取っていこうゼー!」
「いや、そこは俺は別に……」
「まあ、バスケしてるとこ見たからって、真野さんの態度が軟化する可能性は低いと思っとこうな」
まあ、確かに。いいカッコしようとしたって今さらだしな。
「つか、俺らも嶺王のバスケ初めて見るからなー。楽しみだわ」
「俺も久しぶりで、ちょっと震えてるしな。ヤベ」
「俺、マジで体育でしかやったことないからね。選抜レベルのキラーパスとか出してくんのやめてよー」
指定された時間の少し前に体育館に行くと、予想より参加者が多くて、ちょっとビビった。もっと内輪のお遊びみたいな感じと思っていたけど、練習試合っぽい雰囲気さえある。観戦の人も多い。
ビブスをもらい、借りものをバッシュを履きながら二階を見上げると、ギャラリーの中に真野を見つけた。隣で一緒にいるのが多分『たくみ』だ。ラーメン屋の出前みたいな恰好で、ってことはたぶん真野と同じクラスであれはジャージャー麵的なコスプレなんだろう。
二人がいるとこを見るのは、やっぱちょっとクるな。
真野はリラックスした様子で、『RON』と三人で盛り上がっている。
籠谷がアップ用にボールをくれた。
体育館にバウンドする音とか感触とかバッシュのスキール音とか、血沸き肉躍るってまさにこういう時のことを言うのかなって感じだ。この感覚、やばい。
百岡とスザクと三人でパス回しの感覚だけ簡単に確かめて、すぐ試合になった。
ホイッスルの音も体のぶつかり合いもすべてが懐かしくて、ぐんぐん感覚が戻ってくる。
動ける。もっと動ける。動きたい。
ああ、やっぱバスケ好きだな。
相手がバスケ部でないチームの試合は余裕で勝てたけど、現役のバスケ部が相手となると簡単には勝たせてくれてない。というかパスを通してくれなくて、自分でゴールまで持っていくしかないけど、やっぱ本職はディフェンスもうまいし。なにより、高校生の体格の良さにびっくりした。考えてみれば中学生相手としかやったことなくて、中学生の時はデカい方だったけど、今は俺の方が断然ヒョロい。
それに体力もなくなってる。毎日の自転車通学で持久力を落とさないようにしてたけど、すぐに息が上がってしまって、ちょっとガクゼンとしてしまった。
決勝戦の相手は全員バスケ部三年のレギュラーらしく、全然歯が立たなかった。
悔しい。でも楽しかった。もっとやりたい。
真野のことは、試合中は意識しないようにしたし、当然真野のいる場所は見ないようにしていた。
試合が終わってちらっとだけ見上げたら、真野は『たくみ』と何か話していた。
一応最後まで観ていてくれたらしい。
俺のこと、なんか思ったかな。ただ試合を見てただけかな。
やっぱり白羽のバスケ部の方を応援してたのかな。
正直、バスケは俺の唯一自慢できるところだから、これでいいところを見せられるんじゃね? とか思ったりもしてたんだけど、実際は全然だめだったな。負けたしな。
「嶺王、マジお前やばいやつだったんだな!」
「レオ君、全然役に立たなくてごめん」
「いや、俺こそ無理なパスとか出してごめん。でもおかげですげー楽しかったし」
籠谷が俺たち三人にタオルをくれた。
「坂巻君、すげーわ! まじで感動したし! こんなお遊びの企画でプレーしてもらって、まじでありがとう!」
「いや、こっちこそ誘ってくれてサンキュ。楽しかった」
あー、終わりか。まだまだやりたい。夜までだってずっとバスケしてられる。今日の自分のできなさに焦りも感じてる。
バッシュを脱いだ足は物足りなくて頼りなくて、バスケができない今の自分を表してるみたいだ。
あー、カッコ悪い、俺。
全然だめだ。全部中途半端。バスケにも、真野にも未練たらたらで。
「あ、もうすぐ真野さんたちの当番の時間だぜ」
試合を終えて、体育館を出たところの水飲み場でだべってたら、百岡が時計を見た。
「……え、やっぱ行くのか?」
「は!? ここまで来て行かない選択肢あるか!?」
「だったらさ、家庭科部で打ち上げしようぜ!」
籠谷が言う。
家庭科部の模擬店に、俺はもう行かなくてもいいと思ってたのに、スザクも「そんなことありえない」つって、で、白羽バスケ部のやつらも集まってきて、ってなって、ぞろぞろ家庭科室に向かう。
バスケ部のやつらと話をするのは楽しいけど、俺は内心結構へこんでいて、真野はたぶん『たくみ』と一緒にいるだろうし、今の気分で二人を見んのはちょっキツいんだけどな……。
真野が家庭科部に入っていたのは初めて知ったけど意外ではなかった。
小学校の時、お菓子を作るのが好きだと言ってたから。
『俺、真野の作ったお菓子、食べたい! なぁ、作ってよ!』
『うまくできるかわからないし、おいしいかわからないけど……いいよ。でもいつ作ればいいの?』
『バレンタインとかさ! ほら、女子、みんな手作りとかしてるじゃん!』
手作りのチョコが欲しいなんて堂々と言えるガキってすごいよな。
つか、その話をしたの夏でバレンタインなんてすげぇ先の話なんだから、「いつでもいい! すぐがいい! 明日でも!」って頭が回らないとこがガキの浅知恵つーか。ま、今は知恵が回ったところで言える無邪気さがねえけど。
だから、とりま小6のバレンタインの日はドキドキしてた。
でもその頃、真野は学校をよく休んでいて、というかその時の俺は真野に嫌われていて全然話もできてなかったのに、もえらえるかもなんて勘違いできるポジティブさ、ガキって無敵だよなぁ……。
家庭科部には真野とマリオの子とあと何人か女子がいたけど、『たくみ』はいなくてちょっとホッとする。
けど、俺、かっこ悪いし。
真野にはもちろん会いたいけど、でもどこか会いたくない気持ちもある。また余計なこと、言ってしまいそうだし。
つーか、俺、もう普通にこれってストーカーだよな。
真野に許可も得ず、学祭まで来て、彼氏でもねーのに、のこのここんな店まで来て……。
絶対キレてるだろうなって思ったけど、真野は意外にもキレてなかった。
バテバテだし、負けたし、けど俺らのこと、ダサくなかったって言ってくれた。
昔の俺のバスケのことも覚えてくれてたみたいだった。
一度だけ、試合を見に来てくれたときに見たプレーだと思うけど、あの頃と比べて上手くなった的なことも言われた。
うわ、まじか。やべー、今日も俺のこと少しは見ててくれたのか。
嬉しすぎるし。
そして、すげぇサプライズが待ってた。
真野が作ったケーキをもらえた。
マリオ、めちゃいいやつ……。
さすがにこれには感動して、泣きそうになる。いや本気で。
俺、病んでんのか、最近すぐ涙腺崩壊しそうになってまじハズい。
こんなみんながいてるとこじゃなくて、家で一人とかで味わいたかったし!
つか、なんで四年越しの俺より、百岡とスザクが先に食べてんのおかしくね!?
で、結果。
緊張であんま味わかんなかった。もったいなさすぎ。
家庭科部ではほかに手作りの小物も売られてた。
いろんな部活のやつらがクラブバッグにつけてるやつが売ってる。
こういうのも、真野も作れるのかな。
野球部とかテニス部とかいろいろあったけど、バスケ部もある。
うらやましいなと思ってしまった。
「百岡、スザク、今日はサンキューな」
帰り道、二人に伝えた。
「俺、真野さんのIDゲットしたんだぜ、すごくね? ま、いいタイミングでグループとか作って嶺王もつながれるようにしてやるから」
「想定外だったけど、バスケ部のおかげでかなりいい感じに持って行けたよな」
「それに、真野さんに対する嶺王の態度もわかったし。なんで怒らせるかよーくわかったから今後のアドバイスがしやすくなったわ」
「うん、首の皮一枚くらいはまだつながってるよね。『たくみ』はかっこよかったけどね」
百岡とスザクがいてくれて、アシストとかしてくれて、今日は真野を怒らせることはあんまなかったと思うし、なんなら「またコンビニで」なんてことを真野が言ってくれて、また来てくれるってことなんだろうか。
白羽の籠谷とマリオのおかげもあるから、いつか礼が言えることがあったら言いたいな。
もらったうまい棒は食べずに持って帰った。
帰り道見た夕焼けがすげぇキレイだった。