1.堂道、再び!
「玉響さん、玉響さん!」
羽切が小走りにやって来たのは、始業してすぐのことだった。
すっかり面々の変わってしまった営業部は、羽切にとって感慨深き古巣ではないらしい。特に辺りを懐かしむ様子もなく、糸のデスクへ一目散にやってくる。
一年半前、羽切は経営企画室に異動になり、そして昨秋昇進した。異例のスピード出世で、いまや花の経営企画室長様だ。
営業部員も多くがその部署に憧れる。自信の表れか、最近の羽切は、なんというか『輝き』が増して眩しく、つい目を細めたくなるほどだ。
「羽切室長、直々にどうされました?」
「速報! 吉報!」
破顔した羽切は、かつて直属の上司だった頃を思わせる人懐っこい笑顔で言う。
「えっ、まさか!」
糸は思わず大きな声になり、現一課の課長である飯田に睨まれた。
しかし、羽切の一課時代の部下でもあるので、糸の隣に羽切を認めた瞬間、きまずい会釈に変わる。
「まだ秘密なんだけど」
しー、っと身を小さくして人差し指を立てる羽切に、糸もつられて声は小さく、しかし目はこれ以上なく輝かせて言った。
「ついに!?」
「うん! 玉響さん!」
「わ、私、今日、午後から半休取りますっ!」
これは、部下に手を出すパワハラ上司のその後の話である。
*
新幹線の車内で、糸は落ち着かなかった。
空腹ではなかったが、売店で買った天むすの包装紙を開く。
最近、新幹線に乗るときは必ず天むすを買うようになった。堂道がいつも食べるのを見て、糸も食べてみたらおいしかった。
天むすが好きで、出張の密かな楽しみがそれであると知ったのは、堂道が転勤し、新幹線に乗る機会が増えたからだ。
スマホで時間を確認する。今から行けばちょうどいい時刻に着きそうだ。
どきどきする。
サプライズで会いに行くのは初めてではない。
初めて行った時もサプライズだった。
転勤先の住まいを、糸は教えてもらえなかった。
二年前、転勤を機に二人は別れた『ことになっている』。
『ことになっている』というのはなにも対外的な偽装とかいう凝ったことではなく、単に糸が破局を認めていないだけで、「別れる」と言った堂道に、糸が往生際悪く交際の継続を主張しているだけのこと。
口を開けば「別れる」「別れません」の問答の結論は平行線だった。
「とりあえず引っ越し先教えてください」
堂道は「彼女でもないのに教えるか」と言った。
「お米とかお野菜とか送りたいんで」
「田舎の母ちゃんかよ」
そして、大きなため息をつき、
「教えたらお前来るじゃん」
「ええ、行くために聞いてます」
「相変わらず素直でいいねぇ。しかし、教えられません」
結局、本当に教えてもらえないまま、旅立った。
堂道は頑固だ。糸も大概だが。
会社持ちであろう住居について人事や総務にも探りを入れてみたが、当然教えてもらえなかった。
堂道は処分上、ひっそりと東京を後にしたが、予想外になかなかに惜しまれながらだったことは『茂部田ショック』の数少ない収穫だった。もちろん一部の人間にだったが。
その一部の人間の代表である羽切も、新参者の当馬も榮倉も住所は知らされておらず、確かにこのご時世、普段から住所を知らせるような慣習はもはやなくなっている。
それで、糸は行ったのだ。
場所を知らないまま、教えてもらえないまま、飛び込みでアポなしサプライズの突撃をした。堂道の転勤先の支社のある地方都市へ。
next 2.堂道、新天地!へ
ファン動画を頂きました🙌(困らない程度にネタバレあり)
Kazunanoさんありがとうございます!
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