The Interview② 学校は本来、誰のものかをとことん追求 ~ 千代田区立麹町中学校 工藤勇一校長 part1
学校内にはつらつとした生徒たちの声が響く。パワポを作成し、大講堂でもプレゼンする生徒。体育祭の運営について、学年混合チームが他の生徒たちに語り掛ける。その内容は本格的だ。体育祭の目的、全体の導線、演出、運営スタッフの陣容からコストまで。企業の新規事業のプレゼンさながらだ。
校長室には生徒たちがひっきりなしに相談に訪れる。生徒の企画会議を校長室で開くこともしばしば。この日もインタビュー終盤、子どもたちが楽し気に校長室に入ってきた。工藤校長は「この子、1年の時、岸田元外務大臣にインタビューしちゃったんですよ。全く物おじしないんですよ、すごいでしょ」と嬉しそうに子どもたちを私に紹介してくれた。みんないい顔をしている。
うわべだけの「自主性」ではなく、本当の「自己決定」を重視し、子どもたちが常に主役。学校は本来、誰のものかを改めて考えさせられた。
宿題、期末テスト、クラス担任・・・当たり前を廃止
「宿題」「中間・期末テスト」「クラス担任」「体育祭のクラス対抗」「服装や頭髪の指導」など、従来の学校での当たり前を廃止した。公立中学校とは思えない大胆な改革の断行で、教育関係者を驚かせた。その手腕は全国にも知られ、いまでは教育関係者のみならず、民間企業からも視察が殺到している。
中間・期末テストも宿題もない、と聞くと一見、放任主義に思われがちだが、決してそうではない。「生徒一人ひとりが自分の納得のいくペースでやれるようにとの配慮の結果が、中間・期末テストなしになっただけ」と工藤校長は言う。定期試験はないが、自分のレベルを知るための小さい試験は頻繁に行う。「間違えてもいい、同じ試験を何度も何度もやり直して、それで理解すればいいんですよ。だって、本来、教育ってそういうもんでしょ」と力説する。定期テストは単に教師が成績をつけるためのものになっていたと工藤校長は振り返る。「子どもは納得すれば、自ら勉強するんですよ。わからなければ、わかろうとするんです。」結果、宿題はあえて不要になったのだという。
工藤校長は教員出身
先進的な改革、と聞くとつい民間出身なのかと思うが、工藤校長は公立中学の教員出身。しかも改革の舞台は私立校ではなく、公立中学校というのが面白い。さらに、工藤校長は教員だけでなく、東京都の教育委員会をはじめ、教育行政、課長職も務めている。教育委員会も自分から志願した。校長になりたくて、学校内だけでなく、様々な教育行政の現場を知るべきだと思ったからだという。
工藤校長は地元の山形の中学校教員でキャリアをスタートした。「実は、押し付けられるのが嫌でね。会社に入ったら色々と理不尽かなと思って。それだったら教員のほうが自分らしく働けるかな、と思って教員になったんですよ」と教員の道を選んだ理由を語ってくれた。「私もそんな立派な人間ではないですよ。ただ、小さい時から反骨心みたいなのはあって、上から『これをやれ、校則は守れ』と頭ごなしに言われることに対して、いつも『なんで?それはなんの意味があるの?』なんて思っていました」。工藤校長もちょっと尖がった子どもだったようだ。
山形で働いたのち、東京の中学校に赴任した。数年後、待ち受けていたのは「教育困難校」といわれる荒れに荒れた学校だったそうだ。そこでの経験が工藤校長の心に火をつけた。1年生の担任で、落書などで汚れていた教室や廊下の壁を生徒と一緒に塗りかえていった。ちょっとグレていた子や、やんちゃな子もみんなで汗をかいた。一緒になって壁を塗っていったら、その後は誰も落書きをしなくなった。翌年、2年生になり、また別の教室や廊下の壁を子どもたちと塗った。こうして段々、学校中が奇麗になっていった。「ちゃんと子どもと向き合っていくと、子どもも変わるんです」。壁を塗ってしまうって素敵な発想だ。こうして工藤校長はひとつひとつ、目の前の問題を解決していった。
学校教育を変えたい
都内の中学教師を何年かやっていて、工藤校長はふと思った。「学校をもっと変えたい。それには校長にならなくては」と。校長になるには、学校改革を進めるには、教育行政も学ばなくてはと思ったという。そこで敢えて教育委員会に行くことを決断する。そこでもお得意の改革精神を発揮した。デジタル機器や通信技術を積極的に取り入れるICT教育を推進したり、ちょっとでもおかしいな、理不尽だなと思うルールなどは積極的に変更していった。そして2014年、千代田区立麹町中学校の校長に就任した。
公立学校だってやればできる
公立の学校、しかも義務教育である中学校というと、なかなか学校としてのフリーハンドはないのではないかと思いがちだが意外とそうでもないらしい。カリキュラムの話になると俄然、工藤校長の目が輝いた。「例えば、文部科学省からの教育要綱には140時間で数学のこの範囲をやるように、とあります。ということは別に週に何時間やらなくてはいけない、というものではありません」と工藤校長。ふむふむ、確かにそうだ。「通常の学校ではある科目で週4時間授業をやっていたとします。そこを麹中では一定期間、週5時間でやってみたりするわけです。そうすると、1か月、別の科目に充てたりできるんです」。これは工藤校長が目黒区教育委員会時代に実施したことだが、麹町中学校ではこれと似たようなことが、あらゆる場面で工夫されている。なるほど。つまり、ある強化をぎゅっと集中的にやってしまえば、そのあと、別の空き時間が生まれるというものだ。カリキュラムも可能な範囲で組み替えたり、子どもの興味に合うような選択プログラムを取り込んだりしている。
進取の気性とPDCA
麹町中学校の校訓が「進取の気性」。激しい変化に柔軟に対応し、新たなことに進んで挑戦していこうとする精神。中学校ではなかなか聞いたことがない。激しい変化に柔軟に対応する、なんていうことは。工藤校長と話しているとまるでベンチャー企業の起業家のようだ。学校のパンフレットにも平気で「PDCA」が出てくる。まるでどこかの企業パンフのようだ。「PDCA」とは Plan(計画)、Do(実行)、 Check(評価)、 Action(改善)といった頭文字を取ったもので、ビジネスの現場ではよく使われる。しかし学校の現場、しかも中学生に向けては聞いたことがない。「でしょ、なんか普通の中学校と違うでしょ」と嬉しそうに工藤校長は説明してくれた。教育目標には「自律、尊重、創造」を掲げている。
子どもたちには常に目的をはっきりさせている。そうすることで今、自分が何をやるべきなのか、その目的に向かって何が足りていないのか、を考えるようになるのだそうだ。
自律して生きる力をつけてもらいたい
「一人ひとりが違っていい」ということを工藤校長は頻繁に言う。子どもは本来、それぞれ特性がある。それを同じ型にはめる教育がいままでなされていたことに大きな疑問を抱いていた。尖がった子は常に「問題児」とみられ、結果不登校を招くことも多い。工藤校長は「尖がっていていい。だけどお互いの違いや多様性は受け入れよう」と子どもたちに語り掛ける。
子どもたちの間で口論や喧嘩はつきもの。そんな時は「何が最終的な目的なんだ?上位の目標はなに?」というと、なんで揉めていたんだっけ?なんで喧嘩していたんだっけ?と子どもたちも冷静になっていくらしい。頭ごなしに「喧嘩はやめなさい!みんな仲良くしなさい」と感情論や精神論で言っても、子どもたちは理解しづらい。そうではなく「なんとなく嫌い、気に食わない、意見が違う、はあるよね。でもそれを表立って言わない、まずはお互いの意見を聞いてみよう、ってことはみんなできるはずだよね」というと子どもも理解する。そうして、感情と行動をしっかりコントロールできるようになると、全体の融和が生まれる。それこそが「自律」するということだ。「自分をコントロールする能力をつけ、広い視野を持って、色々と発想するようになってほしいんです」と。
ますますこの学校が気になってきた。具体的なプログラムについては次回へ。 (一部修正:2019/6/15)