起業するのは怖くなかったか? #NoteDay2
今日は、学生時代からの友人に会った。
彼は、技術の会社を経営していて、大変なことがあった時に、彼の言葉を思い出す。私にとっては、何年経っても、どこにいても、いつも心の中で励ましてくれている存在だ。
さて、今日のテーマ。
「なぜ起業を思い立ったんですか?始めるのは怖くなかったですか?」
とよく聞かれるので、その時の考えを少しおさらいしてみる。
その質問に答えると、
「どれだけ怖いかどうかちゃんと考える前に、起業してしまいました」
というのが、正直な回答だ。
私が初めて起業したのはシンガポールだった。
当時、シンガポールの会社で現地の法人開拓営業として勤めていたが、
私がその会社で働き続けるには適していないと思っていた。
会社の方針に納得があまりいっていなくて、
『黙って仕事をちゃんとできなかった』のだった。
今から思うと、基本を学ぶべき25歳で、
そんなことを思うのは相当生意気だが、
会社の向かうこと、大事にすることが、自分の信じていることと違うと思い、毎月給料をもらうことに、変な違和感と憤りを感じていた。
なんだか、自分に嘘をついているような気分だった。
黙っていられないのは、自分に対してだった。
そして、それより前に働いていた会社で取り組んでいた、
PRやコーポレートコミュニケーションをつくる仕事の
楽しさとやりがいが忘れられなかったのもある。
また、あの仕事がやりたかった。
初めて上司に仕事をもらって、嬉しすぎて寝ずに企画を考えたり、
毎日オフィスに行って学ぶのが楽しかったし、
まだ大きな仕事ができるほどではなかったが、お客さんに「一緒に仕事ができてよかったよ」と言われた瞬間の喜びは、ずっと忘れられなかった。
そして、シンガポールに行ってからは、
なぜ、海外で特に日本の企業がまだ存在感が低いのか?
なんとかコミュニケーションで取り組めないのか?
と、そんな能力はまだないかもしれないと思いつつも、
国を超えたPRに関心を持ち始めていて、それが仕事にできないかと考えていた。
黙っていられなかった当時、ふたりの友人のことが頭に浮かんだ。
ひとりは、同い年の旅仲間。
社会人になってから、恒例で月に1回、5~6人で車をかりて、
自然がある場所に出かけ、語り合った仲間たちのひとりだ。
大手IT企業に勤めたあと、地方に移り、地域のための日本酒バーを立ち上げ、地域の人たちにも役に立つコンサルティングをし始めた友人だった。
どこかしら、サムライのような雰囲気が漂う、尊敬する友人だ。
事業を立ち上げたばかりの忙しい中、Skypeで相談に乗ってくれた。
その時私は、彼に聞いた。
「まだ経験もそれほどない中で、私、やっていけるかな・・?」
彼の回答は、こうだった。
「そんなん誰だって走りながら、なんとかやっていくもんちゃう?」
その時、ひとつの心配がなくなった。
「そうか、起業家としては、みんな0年生から始まるのか、じゃあ私も早く始めて、長く続けてみよう!」
と、単純な思考回路で思ったのだった。
実際には、社会、業界、経験がものを言うこともあるが、
ユニークな分野で物事をやっていくには、
0年生説は少しあるかもしれないと、今でも思う。
しかしその結果はというと、6年経った今、まだ道半ばである。笑
もうひとりは、冒頭で登場した、私より3つほど年上の友人。
学生時代からの、お互いほっとけない同士の親友だ。
彼にも忙しい中、Skypeで時間をもらって、相談した。
彼は、学生時代から起業して、Web制作会社をしていて、その後、縁があった会社の副社長、のちに新しい会社の社長をしている。
私とは、正反対に、ゆっくりしたスピードで話し、会話の間の取り方が、
早口の私には、不安になるほど長い。
とても冷静で、物事にロジックと再現性をもたらすのが上手でありながら、とても質素倹約で、人の心もわかるバランスの取れたいいやつだ。まさしく会社の危機に助っ人で現れる社長向きだったりする。
「なんで起業したん?」
彼に学生時代に起業した理由を聞いた。
「いやー学生時代から、おもろいやつといつか仕事したいと思ってるねんけど、自分がおもしろくないとあかんかなと思ってさ。まりこみたいなおもろいやつと仕事したいやん?」
なぜかその答えが、すっと自分の中に入ってきた。
私がおもろいやつかどうかはさておき、面白い人と仕事をするには、自分も面白い人、つまり、何かの得意を極めて尖った人(と勝手に解釈)になったらいいんじゃないかと思えた。
大好きな仲間と、何かのテーマでプロジェクトをするとき、できることを持ち寄って、みんなとの共有の机の上における人になりたいと思った。
「話聞いてくれて、ありがとう。年末までに会社つくる!」
そう言って、電話を切った。年末まであと4ヶ月ほどあった。
後日談だが、実は、年末どころか、その翌週に登記の手続きをし、
翌月に会社を設立して、Aalto Internationalという会社が生まれたのだった。
その友人は後々「え!もう始めたの?」と驚いていた。
「起業は、怖くなかったか?」
私は、どれだけ怖いかを考える前に、始めてしまった。
実際、もう少し考えた方がよかったとは思うものの、
背中を押してくれたこのふたりには、とても感謝している。
きっと、ふたりの友人の『信じたことをやってみる』という姿勢と、
そこからにじみ出る『彼ららしさ』に、勇気をもらったのだと思う。
自分の心に正直な生き方だと思った。
失敗については、なぜか考えてなかった気がする。
失うものもないと、どこかしら思ってた節もあるかもしれない。
ただ、自分の信じていたこと「国を超えたコミュニケーションは、これから日本企業にもっと必要になる」という仮定を証明したかったことと、
なぜか成功するまでやればいいと、素直に思えていたのが不思議だ。
今日はこのくらいにしておこう。すでに文章長し。
また1人でも読んでくれる人がいたら、書き続けよう🙏
では!
あとがき:
写真は2011年。シンガポールに移住する前に、旅で訪れた際のもの。
ひとりめの友人とシンガポールで現地集合して、現地で活躍する先輩起業家たちにアドバイスをいただいた。後に、シンガポールで働き、会社をつくるなんて思いもよらず。