春の月
オーマイゴッド!
3月も、気づけば半分終わっています。あと少ししたら新年度、4月です。
世間では、年度末の多忙に追われながらも、歓送迎会をしなくてはいけないし、お花見も今年こそは!と計画しているだろう。
オーマイゴッド!!
わたしのスケジュール帳はビッチリ埋まっているのだが、ほぼ仕事ばかり。
異土の空かたち違えど春の月
熱心に俳句をされる方が、異土という言葉を使っていました。異国の地のことです。
コアラのいるオーストラリアで見たお月様、スペインで見たお月様、中国で見たお月様も同じように輝いていました。
海外に住んでいたころは、同じ月なのにその土地の持つ空気や風、光が違うだけで別物に見えました。
それでも同じ春の月。ただ、同じ月なのに、わたしたちは主観で対象を見るので、違った月に見えてしまう。
同じ自分のはずなのに、居る場所が違うと、空気が違うと、気持ちが違うと、違う自分がいる。
誰もが同じ月を見ている、と思い込んでいるだけで、たぶん、みんな違う月を見ているんだろう。
それでも、春に見るのは春の月。
父逝きて二年接ぎ木の芽立ちかな
この感染が始まって間もない一月、父は他界しました。
娘の園芸好きが移ったようで、父も花や木を育てるようになっていました。
父が接ぎ木をした木はなくて、創作句です。でも、父が残してくれた木はたくさんあり、毎年、花を咲かせます。
この写真の芍薬も父が植えたものです。
小学生の頃、隣のおばちゃんがピアノを弾いていて、いいな、と思いました。
それから、ピアノ、木琴、アコーディオン、マンドリン、オカリナ、和太鼓など、色んな楽器と遊んできました。
歌が苦手なわたしは、自分の体を楽器にすることはできませんが、楽器と戯れるという、別の楽しみを見いだすことができました。
今の感染が落ち着いたら、ピアノ、もう一度やってみようかな。