「ガラスの手」#シロクマ文芸部
「ガラスの手」を持つ一族のあたし。誰にも知られることなく、古代メソポタミアの血を絶やすことなく、受け継いできました。
あたしの名前は玻璃、相棒は牝猫のマール。魔法使いの相棒がフクロウのように、あたしたちガラスの手を持つ一族の相棒は、昔から猫と決まっていました。
ほんとうは従順な犬の方がいいんだけどね。でもまあ、昔からのしきたりには従うのは、後世に生まれた者の務めです。
ところで、どうしてあたしたちが「ガラスの手」を持つ一族と呼ばれるのか。
確か、漫画にガラスの仮面というのがあったけれど、あたちたち一族はガラスの手を持っているからです。
見た目は普通の人間と同じ手。でも、心根に邪念を持つものがガラスの手に触ると、みるみるうちに邪念が吸いとられてしまい、命を縮めてしまいます。
パリン
邪悪の心を吸いとったガラスの手は、乾いた音を立ててヒビが入っていきます。そして、そのヒビが心臓まで達したら、使命を終え、息を引き取ります。
世界の正と邪のバランスを保つため、「ガラスの手」を持つ一族は、古代メソポタミアの時代から世界中に散らばり、普通の人の顔をして、まさにガラスの仮面を被って暮らしてきました。
「でもさあ、玻璃。あんたのその手、今度、邪悪な心根をもつヤツに出会したら、終わりだよ」
「そうなんだよねぇ。この前のヤツ、超ヤバかったもんね。ロシアだっけ?彼の邪の心のパワーは凄まじかったね。おかげで、一気に大きなヒビが入っちゃったし、一族の仲間の多くが死んじゃった」
「今度、小さな邪悪な心根に触れただけで、あんた、一貫の終わりだよ」
「分かってるって、マール」
そのとき、玻璃の心が、小さく疼きました。邪悪な心根を持つ人が近くにいる報せです。傷だらけの手を太陽にかざして、「ふ~」と息を吐いた玻璃。
「行くよ!マール」
走ると、ガラスの手がギシギシと音を立てて鳴ります。痛みに顔をしかめる玻璃、でも、加速をつけて走る足は、もはや止まることを知りません。
「あの子だ!」
コンビニエンスストアの前に小さな男の子が立っています。その横には妹かしら、さらに小さな女の子がいます。
玻璃はその小さな男の子の心を読みました。そこには、不安や怒り、孤独で、寂しい心がありました。
ネグレクト。親から育児放棄をされた小さな二人、万引きは悪いことと分かっていても、お腹を空かせた妹のために罪を犯そうとしている、小さな勇士がそこにいました。
「最期の仕事にはちょうどいいね」
玻璃はその男の子に近づき、静かにガラスの手を彼の心臓のうえに置きました。
パリン、パリン、パリン
小さな、小さなヒビが玻璃の心臓に向かって入っていきます。「痛い、痛い、痛いよ~」でも、玻璃はとびきりの笑顔で、その兄妹をやさしく抱きしめました。
「もう大丈夫。おうちに帰って、お母さんにこのガラスのキーホルダーを渡してね」
キーホルダーには、玻璃の「ガラスの手」の欠片が入っています。
パリン、パリン、パリン
崩れ落ちたガラスの破片の上にキラキラ光るキーホルダー、そっと咥えて男の子に渡したマールも、玻璃の上に折り重なるようにガラスの欠片となりました。
おわり
小牧さん、今回も素敵な出だしをありがとうございました☺️。