ものの芽や~今年も草引きがたまらんぞ
雨があがると、世界が一変していました。
なんて、大袈裟ですが、庭にブワッと雑草がはえていました。もう、見事です。
どんだけの種を大地は隠し持っていたんや!と驚くほど、雑草、と呼ぶのは失礼かもしれませんが、そう呼びたくなるほど草もつれの庭と化しました。
まだ花粉が飛ぶので草引きはできませんし、今年も草の勝ちのようです。
ものの芽や雨に起こされ土手染める
まるで雨が目覚めの合図のように、あらあら言っている間に草木が芽吹きます。
春だなあ。
わたしの家の庭も近くの川の土手も、新緑の爽やかな緑で覆われてきました。
土手の緑は微笑ましいのですが、庭の緑には眉間にシワです。
亡き父とよく似たくしゃみ春夕べ
春の夕暮れですが、残照が残ったその余韻のある時刻で、宵のようにすっかり暮れきっていません。
最近はめっきり父の句を詠まなくなったのですが、かといって、父のことを忘れた訳でもなく、いい距離感で父の余韻に浸れるようになりました。
まだ春の暮れには早い時期ですが、大あくびしても、くしゃみをしても、ゲップをしても父に似ている気がします。
父娘って、似て欲しくない癖とか、身体的な作りが似るものなんでしょうね。
黄水仙前へならえで我に咲く
わが家の黄水仙、ただいま見事な咲きっぷりです。
例年なら雨が降って、みんなシュンとお辞儀するのですが、今年は雨がほとんど降らず、ほんとうに綺麗です。
そんな見事な水仙がみんなわたしに向かって「前へならえ!」でビシッと咲いています。礼儀正しいなあ。