ふ~けふ~け春北風
伊坂幸太郎さんの小説、「終末のフール」が好きで、何度も読みました。
どの物語も好きですが、ある俳優が、自分を息子と信じている認知症の女性ために息子を演じる、みたいな話があります。
その俳優は、その女性ひとりのために演技をしていて、もう少しで地球が滅亡することも知りませんでした。
なんか、いいな。
たったひとりの女性のために、自分の時間を使う。そこになんのエゴもない。目の前に、地球の終末が迫っているのに、自分を生きている。
わがままかもしれないけれど、いいな。
春北風や昨日の決意縮む朝
(はるきたや きのうのけつい ちぢむあさ)
季語は「春北風」です。
低気圧の影響で一時的に西高東低の冬型気圧配置に戻り、冷たい北西風が雪をともなって吹き、一時的に季節の戻り、寒の戻りを感じさせます。
運動不足を自覚しており、そろそろ自転車を漕ごうかと思うのですが、春北風のせいで、そんな決意も鈍ります。
第6波が来るまでは、朝から自転車で近所をまわっていたのに、わたしにとっての春北風とは、第6波なのかもしれません。
なんて思っていたら、今度はスギ花粉です。わたしには花粉症は第6波よりも強烈です。ウイルスは時間が経つと死ぬけれど、花粉はいつまでも花粉です。
今年は飛散する花粉が多いのか、症状が強く出てしんどいですね。頑張れ!あたし!
春北風や早くも決意縮む朝
俳句の先輩の推敲句です。「早くも」という言葉に、せっかく決意したのに「あ~らら」という思いがこもっています。
寒戻り咲くか咲かぬか固蕾
(かんもどり さくかさかぬか かたつぼみ)
季語は「冴返る」の子季語である「寒戻り」です。
わたしの庭には利休梅があります。桜よりも早く咲くのですが、寒の戻りの頃に固い蕾が膨らみ始めます。
急な寒の戻りに、咲くか咲くまいか、まるで思案しているようです。でも、もしかしたら思案しているのは、万年固蕾のわたしの心のほうかも。
咲くか、咲くまいか
思案の砂粒が、落ちる、落ちる
ちょっとおまぬけ顔のペンギンっ子です。
ビョ~ン。ひとっ飛びして、ペンギンを見に行きたいもんです。オーストラリアでもいいけれど、最近では、ペンギンも危機的な状況らしいです。
こんな愛らしい姿が見れなくなる日が来る。その事実に耐えられるか、あたし。