見出し画像

「街クジラ」#シロクマ文芸部


「街クジラのなき声が聞こえる」

「あっ、本当だ。清んだ、悲しげな声だね」

20XX年。

とうとう、少子高齢化の勢いを止めることを断念し、日本政府がお手上げの白旗をふったころ、夜の街にクジラが現れるようになりました。

と言っても、クジラが見える訳ではなくて、ただ、クジラのなき声が、何処からともなく聞こえてくるのです。

クジラは、単独で泳いでいるものもいれば、群れになって泳いでいるものもいるようで、こんな静かな夜に、ベランダで耳をすませていると、互いを呼びあうかのようなクジラの声が聞こえてきます。

いつしか人々は、この目に見えないクジラを「街クジラ」と呼んでは、その存在を慈しむようになりました。


「ねえうた、この街クジラって、何処から来たんだろうね。いつだったか、何処だったか、覚えてないけれど、確かに会ったことがある気がするんだ」

こころも?あたしもそう。あの街クジラの声を聞くとね、ずっと昔に会ったおじいちゃんとおばあちゃんを思い出すんだ」

「不思議だね、僕もなんだ。おじいちゃんが田舎で、1人で暮らしているんだけど、もう何年も会ってないんだ。あの街クジラの声を聞くと、僕のことを恋しがって、会いたいと呼んでるみたい」

「もしかして、本当におじいちゃんやおばあちゃんが街クジラになって、会いに来てたりしてね」

「本当にそうかもね。政府も高齢者に自立を促して、先ずは自助、それから高齢者同士の共助で乗りきれ!だもんね」

「生きづらくて、息がつまりそう」


ある日、一頭のクジラが東京の銀座で死んでいました。まるで、打ち上げられたみたいに傷だらけになって、都会に横たわるクジラ。

たくさんの報道陣が集まり、海洋生物学者もコメンテーターとしてテレビに引っ張りだこです。

でも、その日から、毎晩、毎晩、たくさんのクジラの死体が現れるようになり、政府も、行政も、クジラの撤去作業に大わらわ。

異常な猛暑日、クジラは死ぬと体内でメタンガスが発生し、爆発してしまいます。そんなことになったら大変です。

とりあえず、海の底に沈めよう!といつもの「汚いものには蓋」の政府。クジラの死因の原因究明もおざなりです。

海洋生物学者も、異常気象のせいにするのみです。


バン!バン!バン!

撤去が間に合わなかったクジラが、とうとうクジラ爆発を始めました。腐った肉片が飛び散ります。

「あれって、まさか!?」

その凄惨な光景をネットニュースで見ていた心と詩は、同時に叫びました。

肉片の中から見えている骨の形、あれって、「まさか、人間?」

折り重なるようにして横たわる、無数の人間らしき骨。パニックになる国民、騒ぎ立てるマスコミたち、政府は慌てて海洋生物学者に調査を依頼しました。

結果は、死んだクジラの骨は本物の人の骨でした。すぐさま、DNA鑑定が行われました。

街クジラ。彼らは家族に、世間に、社会に、見棄てられた高齢者だったのです。


「詩、おじいちゃんとおばあちゃんに会いに行こう!」

「そうね、会いたい!会って話したいこと、聞きたいこと、教えて欲しいことがいっぱいある。でも、その前に、寂しい思いをさせてきたおじいちゃんとおばあちゃん、ふたりをギュッと抱き締めたい」

おわり


小牧さん、今回も素敵なお題を
ありがとうございました☺️