杼といきる
手を出してみたいけれど、未だにご縁がないものの一つに機織りがあります。
ご縁は待つものではなく、手繰り寄せるもんとも思いますが、まだそれほどの熱量はないようなので、想いは寝かせておきましょう。
ただ、先日、テレビを聞き流しながら運転をしていますと、西陣の機織りに使用する杼の職人のことをやっていました。
わたしは、革を使ったものづくりにハマっていますが、師匠が、「腕利きの職人が減ったので、ものづくりしようにもいい道具が手に入らなくなった」と言っていました。
工房では、そこにある道具は自由に使わせてもらっています。大半は大工道具で、見たり使ったりしたことがあるものです。
でも、革加工に特化したような道具もあり、それの調子が悪かったり、たまにお持ち帰りする奴もいて、道具がないと困ります。
わたしの県には、「土佐打刃物」という腕の立つ人がいるので、お願いすればと思うのですが、簡単にはいかないようです。
話が逸れましたが、この西陣の機織りに使用する杼を作っている職人は、たったの一人だそうです。
職人である夫が作り、それを妻が磨いていました。なんだか、「いいな」と思い、夫婦の暮らしを詠んでみました。
職人の妻として杼を磨く冬
(しょくにんの つまとしてひを みがくふゆ)
季語は「冬」です。杼は「ひ」と読みます。
まずは、素直に詠みました。杼を磨くことを辛いとかしんどいと、口にするのではなく、ただ手を動かして杼を磨く妻の冬です。
ですが、さっそく俳句の先輩より突っ込みがありました。詳細はコメント欄です(笑)。
杼を磨く職人の妻息白し
(ひをみがく しょくにんのつま いきしろし)
ということで、上の句がファイナルアンサーとなりました。
雪折れや杼を磨く指反り返り
(ゆきおれや ひをみがくゆび そりかえり)
季語は「雪折れ」です。
杼を磨く奥さんの指は、曲がっていました。骨を変形させるほど、毎日、毎日、ただ杼を磨いてきたのでしょう。
一つのことに専念し、生きてきた証としての反り返った指。お百姓さんのゴツゴツとした手指みたいで、働く手だな、と思いました。
ただ、ここで俳句の先輩より「雪折れ」以外他に季語はないだろうか、と突っ込みありがありました。
雪吊りや杼を磨く指反り返り
(ゆきつりや ひをみがくゆび そりかえり)
季語は「雪吊り」です。
わたしは兼六園で見た雪吊りの光景が忘れられません。あの細い縄で雪の重みに耐えて、木々を守っている姿と、細い指で杼を磨く、どうでしょう。
亀鳴くや一生を杼と生きし妻
(かめなくや いっしょうをひと いきしつま)
季語は「亀鳴く」です。
亀が実際に鳴くことはないそうです。ただ、春になると雄が雌を慕って鳴くと空想されたそうです。
自分の妻となり、一生涯、杼を磨き、自分の側にいてくれる妻。感謝の言葉すら照れて、言葉にはしそうにない夫が、妻を慕って亀のように鳴いている。
そんな気持ちを込めて詠んだ句です。さて、わたしの思いは五七五になっているかしら。
古妻の磨く杼の肌春の雪
(ふるつまの みがくひのはだ はるのゆき)
季語は「春の雪」です。
長年連れ添っている古妻。その妻が磨く杼の肌は春の雪のように繊細で、美しいという句です。
実際の杼は、赤樫を長いこと乾燥させた硬い木材を使っています。春の雪とは質感が真逆です。
でも、どの季語がいいかしらと歳時記を捲りながら見つけた「春の雪」が、自分の感覚と近いものでした。
冬の日の今日も杼とあり夫とあり
(ふるのひの けふもひとあり つまとあり)
季語は「冬の日」です。
しばれるような寒い冬の日の今日、いつもと同じように杼を作る夫といますよ、みたいな妻目線の句です。
最初は、「夫と生き」としましたが、なんか大袈裟な感じがしたので、「あり」としてみました。
今回は、自分の体験の句ではありませんが、西陣織の杼職人の夫婦の視点に立って詠んでみました。
ところで、、、
朝がまだ来る前の暗い、でも、もうすぐ朝が来るという前向きな暗さのなかで、ゆるゆる句を思案するのは、最近のマイブームです。
てか、マイブームって、まさか死語ではないですよね。