生ききる
「あと一時間ほどで来るからよろしくね」と緩和ケアの先生から連絡が入りました。
通常なら、外来で診察や面談をしてから来るけれど、何かしら事情があるのでしょう。
80歳を少し越えた男性、ふたりの息子さんが車椅子に乗せて、大きな病院から転院してきました。
息子さんたちは、広い部屋の特別室を希望、ちょうど一部屋空いていました。
普通の病棟ならベッド調整があって、本人が嫌がっても病院の都合で部屋が変わったりします。緩和ケア病棟でも、無料の個室を希望しても空いてなければ待ってもらうか、差額ベッド料金を払ってもらって特別室に入り、無料の個室が空いたら移ってもらいます。
今回は飛び込み転院でしたが、希望の部屋に入れました。
さて、部屋に入ると疲れていたのか、直ぐに寝始めました。その間に息子さんたちに話を聞くことにしました。
彼の担当の若い看護師さん、緊張した表情でナースステーションに飛び込んできました。
「息子さんたちが、今からお父さんを連れて家に帰りたいと言ってます」
なぬ?
事情が分からないので、あたしも同席させてもらいました。癌が見つかり、手術をして、抗癌剤治療をしていたけれど、自分の寿命はそんなに長くはないと気づき、何度も外出を希望したそうですが、主治医の許可はおりなかったそうです。
主治医には主治医の信念があるのでしょう。でも、医師としての自分の信念に固執し過ぎると、患者さんやその家族が苦しむのが分からないのかな。
一度でいいから家に帰りたい!と言う父親の願いを叶えたくて、息子さんたちも主治医にお願いしたそうですが、やはり却下。それが抗癌剤も使えなくなって、やれる治療が無くなったらあっさり緩和ケア病棟を勧められたそうです。
「じゃあ、直ぐに転院します!」
急いで地域連携室で受け入れてくれる病院を探してもらい、あたしのいる緩和ケア病棟にやってきました。
「待って元気になるなら待つ。けんど、日に日に弱るだけなら、一時間でも早く、連れて帰ってやりたい。出来れば今から行きたい」
「では、直ちに主治医に相談します」
主治医からは「外出は許可します。ただし、付き添いは初瑠さんね」でした。
本人が寝ている間に、息子さんふたりと作戦会議です。
呼吸状態が良くないし、自分で痰を出すのも難しそう。酸素ボンベと簡易の吸引器を用意して、もしもに備えて鎮痛剤、オムツの替えやら濡れタオル、使い捨ての手袋など、必要そうなものをリュックに詰めました。
「起きれますか?今から家に帰りますよ」
つづく