067-monologue 風香さんのこと
【2018年1月31日 大井ふ頭移動中】
風香さんは松乃さんがよく遊びに行くbarの常連だったという。
MMのお洋服が好きな子で、歓談中にsophiaさんとわたしの名が出たらしい。
「まだようりさんたちとフレだって話してないけど紹介していい? なんか妙にアツくて面白いし、良さそうな子だよ」
sophiaさんにはもうOKをもらっているという。わたしにも特に断る理由はないのでOKした。
松乃さんはただ名前が出たからといって誰彼構わずつなぐようなことをしない。
実際にわたしは松乃さんの交遊関係のたぶん半分も知らないし、そのまた半分も紹介されていないだろう。
松乃さんは、出会うことで楽しい変化が起こりそうな人同士を引き合わせている節がある。変化を起こすことも、その変化のムーブに乗ることも彼女のMMの楽しみかたに違いない。
でもそんな縁結びの能力も、たまには曇ることがあるようで……。
風香さんとの出会いは、これまでの仲間を空中分解させかけ、特にわたしの心を激しく動揺させる事件を巻き起こす。
風香さんとの初対面はsophiaさんのお店だった。関西弁の、人懐っこいキャラだった。
風香さんは好きなMMデザイナーとして数名名前を挙げたあと、「sophiaさんのドレスとようりさんのベストは特別なんです。お世辞やなくてほんま大好きやねん。ドレスは手にいれてんけどな、ようりさんのベストも必ず手に入れるって決めてんねん」なんて言ってくれる。
あらためてMMデザイナーに名前を並べられると恐縮してしまうけど、そんなふうに言われたら嬉しいに決まってる。
是非ともベストは差し上げたいところなのだけれど、気付けばすでに配りきって手持ちがコレクションルームと自分の着る2着しかなかった。
"まれ屋"改装後のディスプレイ用と、室内トレボをギミックにしたフィッティングルーム用に2着必要になるので、足りない1着は転売品を買ったというアホなことになってしまっているので手持ちがない。
うん。
まあでもいいか。
まだ改装中だし、わたしのベストはいまなら売りに出ていれば10万ココアもあれば買える。
わたしはまた買えばいい話だけれど、こういうのってデザイナー本人からもらえた方が嬉しいと思うし。転売品に手を出すのは本当は不本意なのだけれどね。
「風香さんフレンド登録いいかな?」
「ホンマですか? もちろんお願いします」
「で、わたしのベスト、失礼でなきゃ差し上げるよ。フレにはそうしてるから」
そんなわたしの申し出を、風香さんはきっぱりと断った。
「いやいや、フレは願ったり叶ったりです。でもベストは自分で稼いで、探して見つけて手に入れたいんや」
「そうかあ……」
立派。
芯のしっかりした人なんだな。
「そうやって集めた好きなデザイナーさんたちの服を置いて、家の2階にファッション館をつくりたいんよ。sophiaさんのファッション館とはぜんぜん格が違うけどな」
素敵な目標だと思う。
「すごい! 完成はまだ先そう?」
「とりあえず、あとはようりさんのベストだけや」
「んじゃ受け取ってよwww」
「なんでそうなるんですか」
「身銭を切ってって気概はすごい。邪魔したくないよ?」
その意気やよし「でもさ、ココア貯めても探して見つからなきゃ買えないでしょ?」
「そらそうや」
「そういうのって縁だと思うよ。自力で見つけるのも縁。こうして出会えたのも同じ縁。おまけにこのタイミングで最後のピースが埋まるって縁以外ないよw」
実際、sophiaさんのドレスを入手できたのは強い縁があったはずだ。わたしもトレボ巡りに相当な時間を割いているけれど、sophiaさんのドレスが売りに出されているのを見たことがないのだから。
もちろん探すエリアやタイミングもあっただろうけれど、わたしのベストを探していた人がここでわたしと出会ったのが縁でないはずがない。
「まあ……せやね」
「この話がなくてもわたし風香さんとフレになってもらったと思うし、わたしのお洋服好きって言ってくれるフレにはふつうに差し上げてるから」
あまりしつこくても風香さんの思いを穢してしまう。「あや、じゃあ貸すよ。風香さんが自力で手に入れるまで借りとくってのはどう?」
「ええんですかね?」
「ええんやで」
「なんやまるめこまれたみたいやな。ようりさん理屈っぽいし身銭やら気概やらコトバがおやじ臭いわw」
「失敬な! 失敬だなキミ!www」
ここで、それまで黙っていた松乃さんが声をかけてきた。
「ねえねえようりさん、ちょっといい?」
「うんうん」
「風香ちゃんちょっとようりさん借りるね^^」
そういうと松乃さんはわたしにトレード申請をしてきた。
この会話は外には聞こえない。
『ようりさんさ、もうベスト手持ちないでしょ』
さすがよく覚えておられる。
だいぶ前だけど買い戻したの日記に書いちゃったからなあ。
『あー…… まあなんとかなるでしょ。それにいまわたしのベスト安いしw』
すると松乃さんのトレード欄にわたしのベストが表示された。
『私の一旦返すから、ようりさんさえ不愉快でなければ、ようりさんからって貸してあげて』
『いやーいくらなんでも悪いよー』
『ぜんぜん。ようりさんから何着も貰っているし。風香ちゃん紹介したの私だし、ここは私が差し出すべきでしょ。あげるわけじゃないからwww』
『うーん』
『お願いw ここは出させてwww ようりさんにもう転売品買わせたくないしさ^^ ポリシー知ってるからwww』
やさしいなあ。
気が回るし、本当に良い人。
そしてきっと、わたしと会うときはわたしのお洋服を着ていない日でもちゃんと持ってきてくれているんだなあ。
『たいしたポリシーじゃないんだけど…… うん。ありがとう。お言葉に甘えさせてもらう^^ でも、それなら松乃さんから渡した方がいいと思うよ?』
『いやいや。デザイナー本人からもらった方が風香ちゃんもうれしいと思うよ。ぜったいようりさんもそうやって考えてたでしょw』
もうわたしがこの人になにか言うことはない。わたしなんかが気回しで松乃さんに敵うわけがないのだ。
ここは彼女に従おう。
『わかった^^ 本当にありがとう。でもどっちにしろわたしも探してみるから。万が一の時は間違いなくわたしから松乃さんに返すから』
『うんうん。でも心配いらないと思うよー たぶんだけど、そういう心配のいらない子だと思う。そうじゃなきゃようりさんたちに紹介しないよ^^』
そして後日、完成した‟風香ファッション館”に案内された。
たしかにsophiaさんの自宅のように広い土地ではないからこぢんまりしていて、現実なら建売住宅の広めの洋間を改装したような一室。
でもわたしにはそのちいさなファッション館を、sophiaさんのファッション館と比べることはできなかった。
だってなんて素敵なんだろう!
数多のMMファッションアイテムから‟スキ”を両の手のひらで掬い上げたような、その掬い上げた‟スキ”を胸元で見つめるような温かな愛情が感じられる。溢れだした思いがカタチに‟なった”ものだ。
一方でsophiaさんの手がけるファッション館は伝えたいことをカタチに‟した”もの。
MMファッション史のまさにミュージアムであり、sophiaさんはキュレーターに他ならない。
アイテムに対する愛情の深さは同じでも行動原理と目的が違うのだ。
風香さんのファッション館の中央には、sophiaさんのドレスとわたしのムートンベストが飾られていた。
誇らしいよりも身が縮むようだ。
同時に思う。
わたしもはやく自分のお店を完成させたい。
それはさらに2点のデザインアイテムの採用を実現させるということだ。
フレンドに、松乃さんに喜んでもらいたい。楽しんでもらいたい。おそろいで着て、いっしょに遊びにでかけたい。
いつもよりちょっとだけ特別な日の思い出を振り返ったとき、いつもなぜかその服を着ていたことに気づく…… そういうお洋服を作りたい。
その誓いの形がわたしの新しいまれ屋、‟セレクトショップYOURI”だから。
……。
…………。
いま思えば顔から火が出るような恥ずかしい意気込みだなこれ。
その後、積極的な風香さんは自然とわたしたちの輪に入り、よく遊ぶようになった。
sophiaさんのお店や風香さん行きつけの‟小料理屋 咲夜”での歓談はもとより、MM内のアトラクションやゲーム、イベントなんかもよくいっしょに参加した。
そうして風香さんとの親交が急速に深まってゆくさなか、とある匿名掲示板の”晒し板”に風香さんの名が頻繁に挙がるようになる。
誹謗中傷とともに。
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