047-online
【2011年5月2日0時過ぎのsophia邸】
わたしはいまsophiaさんの家にいる。
わたしが“オリンポス山”と神聖視するバーのカウンターで、sophiaさんを目の前に“fairy”たちに交じって座っている。
なんでっ!?
ひさびさに人見知りがぶり返す思い。しかも強烈に。
もう1時間近く喋れてない。相槌くらいしか打ててないよ。
きっかけは数日前、相生松乃さんのひとことだった。
【数日前 ようりの自宅にて】
「ところでようりさんさ、sophiaさんて知ってる?」
松乃さんの「ところでようりさん……」に続く言葉はいつも爆弾のよう。
知ってますとも。MM界きっての、わたしのあこがれの人ですよ。
「知ってるよー。MMファッション史を語るのに、将来ぜったい無視できなくなる存在だもん」
「お、さすがようりさん。行ったことあるんだ? もしかしてご本人と会ったことある?」
「ないない! 畏れ多いよー。忍び込んだだけ。伝説のファッションショー! わたしも見たかったなあ」
「忍び込みwww ファッションショーは私の生まれる前だなー」
「ワードローブフェアリーズのコミュSNSはわたしのバイブルだよー」
「そかそか、よかった^^ じゃあsophiaさんのお店、一緒に行くでしょ?」
「ええー!」
「sophiaさんすごくいいひとだよ、面白いし退屈させない」
「いきたい! あや、まって すごく緊張するかも おしゃまさんとこでも結局しゃべれなかったし」
「いいと思うよ それでもsophiaさんのお店、面白いと思う」
これはチャンスなんだ。松乃さんが運んできてくれたラッキー。
だってぼっち気質のわたしひとりだったら、天地がひっくり返っても邂逅するはずのなかったあこがれのsophiaさんと繋いでくれるんだから。
覚悟を決めよう。
松乃さんにまたいろいろなところに連れてってほしいって、わたしたちの“嬉しくなるちょっとした些細なこと”をふたりで見つけたいって決めたんだし。
【2011年5月1日22時過ぎのsophia邸】
先月、人のいなさそうな早朝にびくびく忍び込んだsophiaさんのお店に、今夜はどうどうと入店する。
いや、びくびくはしてるか、あいかわらず。
でも今夜は松乃さんが一緒なんだから。
玄関の暗転から回復すると、ログウィンドウはすでに数行の発言を拾っていて、それはつぎつぎに行を重ねていった。お客さんでにぎわっているようだ。
松乃さんはわたしが操作可能になるまで待っていてくれたようだった。
松乃さんが店の奥に入るにまかせ、わたしは彼女の背中を追った。今日の松乃さんは“はいからさん”みたいな袴スタイルだ。
「いらっしゃーい^^」
わたしたちの入店に気づいたsophiaさんが、すかさず声掛けをしてくれた。
「こんんばんはー^^」
「こんちゃ^^」
わたしは誰に対しても、初対面であってもあいさつは“こんちゃ”“ばんちゃ”“おはちゃ”と決めている。このフレーズを使っているうちにちょっとイタイかもしれないと思いだしはしたけれど、もう引き返せないキャラ付けだと思ってる。
「フレさん連れてきた。こちらようりさん」
松乃さんが紹介してくれると、sophiaさんはお辞儀をしながらあいさつしてくれた。
「はじめましてー^^ ようりさん。sophiaですー」
「はじめまして^^」
店内には10名ほどお客さんがいて、みなさんフレンドリーに声をかけてくれる。
「ようりさんもデザイナーさんです」
松乃さんが言うと、何人かが反応してくれた。
「あ、パンツドレスの人だ」
ようりさん「も」というのは、もちろんsophiaさん「も」MMデザイナーだからだ。第2弾採用の草分けで、しかも2作品同時採用。それに……
「さすがそふぃーの店w デザイナー率たけえwww」
そう誰かが言ったように、チャットログウィンドウを見ると数名の歴代デザイナーの名前が確認できる。
彼女たちはsophiaさん主催のコミュ”wardrobe”のメンバーだ。
わたしがここをMMファッションの聖地と崇め、このバーを“オリンポス山”と呼ぶゆえんだった。
「あのパンツドレス、いままでのMMにないデザインで面白いですよねー^^」
sophiaさんからお褒めの言葉だ! お褒めの言葉か!? とにかくすげえ!
「わたしもかなり気に入ってたデザインだったので採用はうれしかったです」
「ようりさんめちゃくちゃsophiaさんのこと詳しいんですよ。sophiaさん知ってるー聞いたら、伝説のファッションショーとかすごい語りだして」
あ、松乃さん。コミュ障にそのパスきつい。それ上級者向け。
「伝説w」
松乃さんの暴露にsophiaさんは軽く笑った。
わたしはちょっと恥ずかしかったけれど、松乃さんのアシストに乗ることにした。
「wardrobe fairiesのコミュ拝見したんです。あの夢みたいな物語が現実だったなんて感動です」
「伝説かどうかはわからないけど」
そこまで話してsophiaさんの頭の上のフキダシはオレンジとブルーに点滅し始めた。
続く発言にはちょっと間があって、ログにはほかの人の雑談が数行はさまった。
「私たちにとっても夢のような出来事だったかもねー^^ witches! はコアメンバーだけの限定で新規は受け入れていないんだけど、fairiesの方でよかったらコミュ招待するからぜひ加入してね^^」
「ありがとうございます! 早速申請しておきます!」
と、そこでカウンターの中でsophiaさんの隣にいた女の子が目の前でしゃべり始めた。
「むふーむふー」
いや…… うめきはじめた??
あっ!!
ログウィンドウでうめきごえの主の名をみると“藤崎ゆめな”とあった。
「ゆめなさんだ!」
「ぅんぅん」
お目にかかったのは初めてだから気づかなかった。
「お知り合い?」
「ようりさん知り合い?」
sophiaさんと松乃さんの問いかけに答えようとしてちょっと考えた。
「いあ、SNSのメッセで何度かお話を^^ うわー お会いするのははじめましてだー^^」
ゆめなさんは第1回からのわたしのイベント参加者で、これまでたびたびメッセージを交わしている。
ただ当選者発表のときに匿名希望だったので言葉を濁しておいた。
「えー ゆめなんとお話しできるのすごーい」
sophiaさんが言う。
「えっ?」
すごいて?
「むふーむふー」
ゆめなさんはくるっと回転するとパンツドレス姿になった。
きょうのわたしもパンツドレスだ。わたしに合わせて着替えてくれたのかもしれない。
「あ、おそろいだ^^ いつも持っていてくれてるの?」
「ほぃん」
その様子を見てSophiaさんが言った。
「ね、ゆめなん基本むふむふいうだけだからw」
え? 普段はしゃべらないの?
「そーなんですか?」
MMOのチャットなんて、あまり意味のない言葉のキャッチボールも普通だと思うなか、ゆめなさんメッセではきちんと内容のあるお話をしっかり真面目にできる人だけど。
むしろ理路整然として感情の伝え方もうまいなと思うし。お話し楽しいし。
「わ! 霧吹きw」
「むふー」
突然ゆめなさんが“霧吹き”を装備してわたしに水を浴びせる。
あれ?
これもしかして「よけいなこと言うな」的なアピールかな。よくわからんけどあまり触れんとこ。
ゆめなさんいいひとなのはわかってるし、なにか事情があるのだろう。
わたしだってキャラになりきってるわけだし多少はね?
ただsophiaさんとのお話しが一段落すると、ゆめなさんも人前モード? で会話できないし、松乃さんが振ってくれる話も一通り。もうなにをしゃべっていいかわからない。
ほかのひとの会話の内容をよくよく見てみると、やっぱりなんかこう“ふわっ”としてる。“ふわっ”と。つまりあまり内容がない。
「ねえねえ」
しかもいくつかのグループがそのあまり意味のない会話をしているから、だれがだれに向けてしゃべっているのかわからない。
そのくせ人数が多くてログはどんどん流れていくから入り込むすきがない。
この談笑に交じることのできない感じは、わたしの開きかけた心の扉を押し戻すのに十分。
「ねえねえ。無視?」
「え、わたし?」
「え、わたし?www なんなのwww」
いつのまにか座るわたしの背後について話しかけてくる女性キャラがいる。
「なんだろ^^;」
キャラ名と容姿には触れる必要はないかな。
だってなんとなくイラッとするタイプだ。ぜったいお付き合いには発展しないから、二度と回顧録にも登場しないだろう。
「〇〇ちゃん、失礼だよ」
sophiaさんが気づいてたしなめてくれたけど、その“なんとか”ちゃんはかまわず言い放つ。
「あなたさ、金髪パーマロング似合わないね」
ひいっ なんかからまれてる!?
「ちょっと〇〇ちゃん^^;」
彼女が言うのは、わたしの着けているブロンドの”パーマロングの髪型”のことだ。
これはわたしがトレジャーハントに本腰を入れ始めたころ、信じられないほど高純度のビギナーズラックで引き当てたものだった。
わたしはぼっちだし、MMの滞在時間の多くをココア稼ぎと改装に費やしているけれど、それにもましてトレボ巡りにも時間を割いているから、全身を高額の超レアアイテムで飾り立てているような廃重課金者たちとよく遭遇する。
そしてぼっちであるわたしの情報収集はネットだ。わたしは相当なSNS、ブログウォッチャーでもあるはずだ。
けれどそんなわたしも当時は見たことがなかった髪型だった。もしかしたらアイテム実装直後の入手だったのかもしれず、超がいくつもつくようなレアアイテムだったのかもしれない。
汎用性が高く、見た目もきれいで目立つということもあってか、MMの超スーパーセレブのサブアカとみられるキャラクターが4億ココアで買い名乗りを上げたこともあった。
それが現実的なものかはともかく、わたしが想像するよりも面倒なアイテムなのかもしれない。
そういえば松乃さんと遊んだ時にこれを試着してもらってSSを撮り合っていた時に「しばらく貸してあげる」って申し出たら「私はいいかな」って秒で辞退されたっけ。「私付き合い多いから、こんなの着けてたら絶対メンドクサイしwww」って言ってたわ。
「いきなりやめてねー ようりさんまだ慣れてないから」
松乃さんがきっぱりと言ってくれる。「気にしちゃダメだよ? ようりさん」
松乃さんのこういうところは本当に頼もしい。
「ぅんぅん」
ゆめなさんも“なんとか”ちゃんに霧吹き。やっぱりなんらかの意思表示なんだなあれ。たぶん抗議してくれてる。
「わたしはへいき^^」
まあ、人生のキャリアも長いんで。ホントに平気ではあるけれど。
この空気でこれはつらい。
この子なんとかしてーw
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?