稀人ハンターコラム「マニアック質問の効果」
僕は「稀人ハンター」という肩書で、日本中の「稀な人」を発掘し、取材して人生を深掘りする記事を書くことを生業にしている。
取材の成否を左右するのは、事前の準備。限られた時間を無駄にしないよう過去の記事をチェックし、その人の歩みを時系列にまとめる。
ポイントは、どこまで細かな情報を押さえるか。長い間、特に基準はなかったけど、珍しく依頼を受けた著名人のインタビューがきっかけで、ある目標を定めた。
2017年7月、僕は元プロ野球選手の松中信彦さんの取材をすることになった。
取材の数週間前、担当編集者から自宅に送られてきた数センチに及ぶ資料に慄きつつ、しっかり読み込む。幼少期から今現在に至るまでの住まいや生活を尋ねる取材で、所要時間は、約二時間。野球の試合と変わらない。
途中で松中さんが飽きてしまったらどうしようと不安を感じながら迎えた取材の冒頭、僕が「松中さんは、八代市(熊本県)のつるまる保育園に通っていましたよね?」と尋ねると、「え、なんでそんなことまで知ってるの!?」と大笑い。そこで一気に緊張の糸が緩み、終始穏やかに取材を終えることができた。
この取材で、「マニアックな質問は潤滑油になる」と直感した僕は、それ以来、どんな取材でも下調べの際にインタビュイーがビックリするような情報を得ることを意識するようになった。
この作戦は当たり、有名無名にかかわらず、インタビュイーとの距離は毎回一気に縮まった。「なんでそこまで知ってるの?」という言葉に快感を覚えるようになり、情報収集は加速した。
そのうちに、いささか調子に乗ってしまったようだ。最近、ある取材で「大学二年生の時、交通事故を起こしてますよね?」とどや顔で聞いたら、インタビュイーが目を泳がせた。
「なぜそれを……」
期待と違う反応に、ハッと我に返った。これじゃあ、警察の事情聴取みたいで明らかに逆効果だ。ディテールにこだわり過ぎると、相手をドン引きさせることもあると学んだ。
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※このコラムは『小説すばる』の2024年2月号(1月17日発売)に掲載されたものです。メディアの許可を得て転載しています。
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追加コラム
インタビュイーからもらう言葉として、「なんでそこまでしってるの?」と同じぐらい快感なのは「よく調べてますね」。
特に研究者に言われると、鼻の穴が3倍ぐらい広がる。研究者の話を聞くときは、いつも以上に下調べに時間をかけるからだ。
僕はどんな仕事でも、少しでも過去の記事に掲載されていない話を聞きたいと思っている。理由はシンプルで、既にどこかで語られた話を原稿にしてもつまらないから。
事前に研究内容をある程度把握していないと先方にその準備不足を察知されて、その人が以前に誰かに話した内容になりかねない。それを避けるために、下調べを徹底する。
下調べが功を奏し、取材でこれまでどこにも出ていないような話をしてもらった時、僕はポーカーフェイスの胸の内でド派手にガッツポーズをきめる。生物学者の福岡伸一さんから「よく調べてますね」と言われた時は、満塁ホームランを打ったような気持ちだった。
先日、ある著名な研究者さんのインタビューがあった。事前にウェブ記事を10本ほど読み込み、2冊ある著書にも目を通した。もちろん、その程度で研究内容が「わかった!」という状態にはならない。なんとなくこういうことかな、という程度だ。それでも、できる限りのことはしたという手ごたえがあった。
この取材はテーマが決まっていて、研究内容にも触れる。取材当日、「僕が誤解しているといけないので、最初に研究内容について確認させてください」と伝え、インタビューを始める前に学んできたことをひと通り話した。そして、「こういう理解で合っていますか?」と尋ねた。その時、自分の下調べの成果を得意げに披露した僕はきっとドヤ顔をしていたはずだ。
研究者は薄く微笑んで、こう言った。
「ちょっと違います」
コント番組のように、ずこーっと椅子から転げ落ちそうになった。
でもその後、とてもわかりやすく研究内容を説明してくれて、ほかの質問にもオープンに答えてくれた。そしてインタビューを終えた後、僕が質問した内容に関して「そういえばこれってそういう解釈もできるなって思いつきながら話していました。再発見になって非常に良かったです」と褒めてくれた。
お世辞かもしれないけど、僕は余計な勘繰りをせず、ありがたい言葉はそのまま受け取るようにしている。これからも、下調べに力を入れよう。「なんでそこまで知ってるの?」と「よく調べてますね」を求めて!
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