稀人ハンターコラム「きっとうまくいく」
顔には出さなかった。でも、胸のうちで「ヤバいよ、ヤバいよ……」と震えていた。2022年の秋、取材で2週間ほど滞在したインドでのことである。
僕は写真家の齋藤陽道さん、映像作家の齋藤汐里さん、ビデオグラファーの角野杏早比(あさひ)さんと計4人で、インド最北に位置するラダックにいた。
旅の目的は、ラダックの小さな町フェイにある学校「セクモル オルタナティブスクール(セクモルスクール)」の設立者であるソナム・ワンチュクさんのインタビューだった。
ソナムさんは、インドで大ヒットして日本でも話題を呼んだ映画『きっと、うまくいく』の主人公のモデルになった著名なエンジニアだ。
映画のラストシーンには主人公が作った学校が出てくるのだが、それもソナムさんが1998年に開いたセクモルスクールをモチーフにしている。
この学校について調べると、子どもたちは野菜を無農薬栽培したり、馬や牛の世話をしたり、土壁で小屋をセルフビルドしたりと自分の手を動かしながら学ぶ独特のカリキュラムだった。
『きっと、うまくいく』があまりにも面白くて心を鷲づかみにされた僕は、ソナムさんの取材をしたいとあちこちで話していた。すると、3人が「一緒に行く!」と名乗り出てくれたのだ。
とはいえ、見知らぬ日本人が多忙なソナムさんの日程をおさえるのは難しい。どうしようかと思っていたら、ラダックに詳しい旅行作家、山本高樹さんが近所に住んでいることが判明。ツイッターでメッセージを送り、一度顔を合わせて事情を話すと、日本語堪能なラダック人を紹介してくれることになった。
幸運は続き、アポ取りを頼んだその彼の尽力で、7月には「9月24日から27日のどこか」と約束を取り付けた。ところが、である。意気揚々と9月21日にラダック入りしたのに、それからまったく日程が定まらない。
3人から何度も「いつになりそう?」と聞かれ、そのたびに「まだわからない」と答えた。インド往復と2週間の旅費はバカにならない。僕は3人に「さすがインドだよね〜」と余裕を装いながら、内心では「ドタキャンだけはやめて!」と日本とインドの神様に拝み倒していた。
迎えた9月26日の夕方、必死に先方とやり取りをしてくれていたラダック人から電話があった。「明日9時に学校で」という彼の言葉を聞いた瞬間、二人羽織のように覆いかぶさっていた悪霊が祓われたみたいに、肩が軽くなった。
脳裏に、映画のタイトルが浮かんだ。
「きっとうまくいく」
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※このコラムは月刊生活情報紙「ウェンディ」の2023年1月号に掲載されたものです。メディアの許可を得て転載しています。
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2003年、24歳で物書きになり、2022の秋、キャリア20年にして初めてコラムのオファーを受けた。Xでラダック滞在と取材について発信していたのを目にした編集部から、「インド旅について書きませんか?」という依頼だった(Xでは #ラダック珍道中 で投稿していて、検索すれば一連の投稿を見ることができる)。
僕は作家のエッセイやコラムが好きでよく読むし、憧れもあった。とはいえ人の取材をして記事を書くことを生業としている自分にとっては別の舞台の話と思っていたから、依頼のメールを読んだ瞬間、心臓がバクバクした。
秒速でお礼の返信をしたものの、この1000字ほどのコラムを書くのは思いのほか時間を要した。普段、「1日あれば8000字〜9000字の取材記事を書ける」と豪語しているのに、自分のことを書くとなるとあまりに勝手が違いすぎて、書いてはデリート、書いてはデリート…。
締め切り日が設定されていなかったら、いつまでも修正してしまいそうだった。結局、11月17日に依頼のメールをもらい、原稿を送付したのは12月8日だった。
インドを一緒に旅した3人にも掲載されたコラムを送った。面白い!最高!…という感想は特になく、「続きも読めるんだよね?」というコメントが記憶に残っている。確かに連載モノのような読後感で、ソナムさんの取材がどうなったのか気になる内容だ。
一本完結で楽しめるのがコラムやエッセイだとしたら、完成度はイマイチだったのかもしれないなあと反省した。ところが、このコラムが思いがけない出会いを運んできた。
2014年頃から稀人ハンターを名乗って活動している僕は、2023年3月から稀人ハンタースクールを始めた。稀人ハンターとしてのひと通りのノウハウを伝授するスクールだ。その応募者のなかに、このコラムを読んで僕を知ったという女性がいたのだ。
このコラムが掲載された月刊生活情報紙「ウェンディ」は、マンションなどに配布されるフリーペーパーだと聞いていた。どこで配布されているのか詳しくは知らなかったのだけど、その女性は京都在住とのことだった。
京都のマンションに配布されたフリーペーパーのコラムをたまたま読んでくれた人が、稀人ハンタースクールに!? いつも書いてるような取材記事を読んで感想をもらうのとはまったく違う高揚感があった。
その女性はライター未経験だったけど、もともと経験不問のスクールにしようと思っていたから、1期生として加わってもらった。彼女は今、僕が命名したペンネーム「マエノメリ史織」を名乗り、ライターとして活動している。
家族旅行で訪ねたフィリピンのカオハガン島で、現地在住の日本人4人の取材をしたり、人力車を引いてアフリカ横断中の日本人にアプローチして旅のレポートを書いたり、1年前に実績ゼロだったとは思えない仕事ぶりだ。
初めて書いたコラムが、ひとりの読者の人生を変えた。その責任の重さをひしひしと感じて…というタイプではないけど、この縁がアポも確定していないのにインドに飛んだことから生まれたんだなあと思うと、なにかとトラブルも多い前のめりな生き方も悪くない。
※コラムのご依頼お待ちしております!
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