稀人アカデミアの1年。名もなき物書きが始めたトークイベントの顛末。
去年の6月から始動した稀人アカデミア。
稀人ハンターである僕が様々なメディアで取材してきた「稀人(まれびと)」をゲストにお呼びし、仕事と生き方の多様性、一歩を踏み出す勇気、折れない心の持ち方、道なき道を切り拓いてきた稀人ならではの知恵を多くの人に広くシェアしたいという思いからスタートした。ちなみに、稀人とは「こんな人がいるのか!」と思わずのけぞるような規格外の稀な人を指す。
過去5回のゲストは、脳波で機械を動かす研究で世界が注目する気鋭の脳神経科学者・牛場潤一さん、世界で唯一、外国人としてチベット医の資格を持つ小川康さん、「日本で最も火星に近い男」と評される極地建築家・村上祐資さん、エリート会計士から転じて究極のピーナッツバターを作る杉山ナッツ代表・杉山孝尚さん、海中から空までをフィールドにする日本を代表する自然写真家の高砂淳二さん。我ながらめちゃくちゃ濃いゲストたちだ。
(5月11日に開催した稀人アカデミア vol.5【30年間、世界を渡り歩いてきた自然写真家の仕事論「奇跡の一瞬の捉え方」/ゲスト:アースフォトグラファー・高砂淳二さん】の様子)
稀人アカデミア始めたきっかけは、友人の小学生の子どもが漢字のテストで「(漢字が)枠からはみ出している」という理由でバツをもらったと聞いたことだ。なにそれヤバい、というのが最初の感想。だってテストは漢字の理解度をはかるもので、「枠に収まっているかどうか」は些細なことに思えた。同時に「漢字が正しくても枠に収めなきゃバツ」という教育は、そのまま「型通りの枠に収まる人間」を作るために行われているように感じた。それよりなにより、僕が小学生だった30年前と同じような方針、同じ基準でテストが行われていることに驚いた。
ぼくには3歳の娘がいるけど、「型通りの枠に収まる人間」には絶対になって欲しくないと思った。急激なテクノロジーの発達によって時代がかつてないスピードで動いているように感じているのは僕だけではないと思う。この激動の時代に、上手く波を乗りこなしてほしい。それができるのは「型通りの枠に収まる人間」ではなく、柔軟な発想とたくましさと生き抜く知恵を持った人ではないか。
そう考えた時に、これまで取材してきた数々の「稀人」のことが思い浮かんだ。「なにやってんだ」とか「ムリムリ」という世の中の冷たい目や反応をものともせず、自分の仕事を自分で作りだし、サバイバルしてきた彼らこそ、これからの時代を生き抜くためのヒントを持っているのではないかと思った。
(治療に数百種類の薬草を用いるチベット医術を修めた「チベット医」の資格を持つ外国人は、世界にたったひとり、小川康さんだけ)
そして最初は、わが娘に稀人たちのなまの声を届けたいと思った。「型通りの枠に収まる人間」にならないように。硬直した思考で、時代の波に飲み込まれないように。でも、それぞれの分野で活躍している稀人たちに、「3歳の娘のために話を聞かせてやってください」とはさすがに頼めない。
それに、稀人の話を聞きたいという人は他にもいるかもしれない。ていうか、子どもにも大人にも聞いてほしい。僕は主に彼らのことを原稿に書いて生計を立てているけど、文字だけで伝えられることには限界がある。音楽でもスポーツでも、ライブに勝るものはない。それならトークイベントにして聞きたい人を募り、仕事として稀人たちに話をしてもらおうと考えた。
これが「稀人アカデミア」の始まりだ。
恵比寿のデザイン会社コンセントさんに伺った時、たまたまこの話をしたら「いいですね!」と言ってくれて、あれよあれよという間にイベントスペースにもなるおしゃれなオフィス「amu」で開催させてもらうことになった。
(稀人アカデミアの開催に尽力、協力してくれているコンセントの千々和さん(左)、第4回のゲストの杉山さん(中)と僕)
ちなみに、大人は2000円。この価格は、「高校生以下無料」を実現するための設定だ。最近、全国で数が増えている子ども食堂のように、稀人アカデミアも子どもたちが自由に学べる寺子屋をイメージしている。寺子屋の運営を、大人の参加者にも支えてもらおうと思っての2000円。この収入は、全国から呼び寄せる稀人の交通費と謝礼になっています。
とはいえ、2000円は映画よりも高い。世の中には無料や格安のイベントが溢れているなかで、世間一般的には無名の稀人ハンターが企画した割高のイベントに本当に誰か来てくれるのかドキドキだったけど、ふたを開けてみれば僕の心配は杞憂に終わった。過去5回、大人と子どもを合わせておよそ120人の方々が参加してくれた。そのなかには、皆勤賞の方もいて「視野が広がって楽しい」と言ってくれている。
稀人アカデミアがどんな活動をしているのかは、amuさんがアップしてくれた2回目と4回目のレポートをご覧ください。
稀人アカデミア vol.2 「薬草からコーラまで!学校では教えてくれない“おくすり”講座」レポート【ゲスト】小川康
http://www.a-m-u.jp/report/201709_marebitoacdemia.html/
稀人アカデミア vol.4 「ピーナッツバターメイカーに聞いた、"車輪の再発明" の仕方」レポート【ゲスト】杉山孝尚
http://www.a-m-u.jp/report/201802_marebitoacdemia.html/
勘違いしてほしくないのは、「すごい人がすごい話をする」イベントではないということ。僕が稀人アカデミアを通してお伝えしたいのは、普通の、どこにでもいるような人が、ある日、熱中できることに出会い、周囲の目も気にならないほど没頭し、その結果として突き抜けたという過程です。
どちらかといえばマイナスからのスタートで、はたから見たら「無理じゃね?」とか「やめとけば?」と言われそうなこと。その高くて、分厚くて、揺るぎない壁を前にして、〝普通の人たち″がどう挑んだのか。僕らのヒントになりそうなその過程に焦点を当てて、お伝えしている。
と偉そうなことを言いつつ、実は、イベントの内容自体には満足していなくて、常に試行錯誤だし、もっと良くするためにはどうしたらいいのだろうといつも悩んでいる。参加してくれる子どもの数がまだまだぜんぜん少ないことも課題。でも、心の底から「始めて良かった」と思える、自分にとってかけがえいのない活動になった。
そして稀人アカデミアを始めてちょうど1年が経つこの6月1日、品川区の武蔵小山にある都立小山台高校の定時制に通う全生徒向けに稀人アカデミアを開催することになった。先に書いたように稀人アカデミアは子どもたちにとっての「寺子屋」でありたいと思っているから、これはとんでもなく嬉しいことだ。この急展開については、また後日に記そう。
稀人ハンター・川内イオ
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?