見出し画像

できないことはダサくない 「君と宇宙を歩くために」


マンガ大賞 2024 大賞受賞作
「君と宇宙を歩くために」

 この物語に共感できない人は、ほぼいないんじゃないか。心理学者のアドラーは「すべての悩みは対人関係の悩みである」としたように、生きづらさを感じるときは、決まって他者と関わっているときになります。

 発達障害や自閉症スペクトラム症と一口に言っても、症状はさまざまだし、グレーゾーンだと一見してもわからない。
 なにかしら苦手を抱えている。多いか少ないか、重いか軽いか、はある。
 乗りこえようと頑張っている人をバカにする人、無関心な人、邪魔をする人は、きっと本人も抱えているのだろうと思う、生きにくさを。
 

 
ーーみんなおなじ

 転校してきた君と出会ってから、できないと思うことが増えた。どんなに悔しい思いをしても、前を向いて歩いている君がいるから、頑張りたいと思うことも増えた。

「悔しくても泣くのは家に帰ってから」
「人と同じように生活するのに、工夫が必要な人もいる」
「わかんないことをなんで? って聞かれると、責められているみたいで怖い」

 きっと、みんなそうなんじゃないかな。多かれ少なかれ、なにか工夫して、生活をしている。だから自分ができないことは誰かに頼ればいい。誰かができなくて困っていたら、手を差し伸べられる人間でいたい。人間なんて、みんなどこかおかしくて普通なんだよ。怖いと思うあいてはさ、きっとこちらのことも怖がっているだけで、ただそれだけなんだよ。だから笑顔で助け合える心のゆとりを持っていたい。

ーー弱さをかかえて生きていく

 みんな、普通に生きている。自分だけの普通。他者からは異常。一方的に押し付ける普通はだいたいよくて、押し付けられる側の普通を見ることはあまりしない。
 自己よりも劣っている他者には無情になれる。それが普通。強者におもねり、弱者へつばを吐く。これが普通。普通なんてろくなもんじゃない。
 だからこそ、弱者は革命を起こしてきた。マイノリティ、進化する者は決まって弱者である。歴史上、進化論上、滅びるのは強者で、生き延びるのはいつも弱者の側だった。
 苛酷な環境に置かれた者にしか、チャンスは巡ってこない。最適化するのではなく、適応する。適応するために進化が必要なこともある。

 できないことは恥ずかしいことではない。やらないことが恥ずかしいのであって、楽な方へ流れるから生きづらくなっていく。死に至る怠惰といってもいい。
 正しく悔しがる。できないのは悔しい。恥ずかしいと思うのは、できないからじゃなくて、悔しいという気持ちから目を背けてしまったからなんだ。

 大切なのは自分を知ること、やり方を知ること、できるようになるためには、どうしたらいいのかを考え続けること。
 簡単なことじゃないけれど、生きていることを本当に楽しいと思えるようになるには、半開きでもいいから目をひらいて、嫌なものに慣れていくしかない。

ーーむかしのキズを掘りおこす

 この本を読んでいると涙がでてくる。小学生のころ、中学生になってから、高校生のとき、大人に近づいていく毎に他人と関わるのが怖くなっていった。
 私はいつも本音トークをするこどもだったから、言ってはいけないことを悪気なく言っていた。きっと無自覚に人をキズつける嫌なやつだったと思う。
 友達はいたけれど、親友はいなかった。いまも親友はいない。そんなことは問題じゃない。私は、ひとりで黙々と向き合う方が性に合っている。きっと他者分離が苦手なんだと分析している。

 学生のころは、あまり改善された覚えはないけれど、社会にでてからすこしづつ変わってきた気がする。
 こどもだけの閉塞した村社会から、おとなだらけの村社会へ、世界が開けたからなんだと思う。価値観の限定された空間にいると麻痺してくる。
 海外の異国へ行くようになると、価値観はさらに広がっていく。世界の広がりは価値観の多様さにつながると学んだ。

ーーさいごに

 いまは弱さが許される時代になった。昔よりかはすこしだけ、強さを強要しなくなったという印象ではあるけれど。それでも弱者に対して不寛容であることはあまり変わらない。
 宇野くんにとっての小林くん。
 小林くんにとっての宇野くん。
 ふたりの関係のように、たったひとりでも認め合える友人と出会える、奇跡のような出会い。諦めずに努力する姿勢が引き寄せた出会い。

「君と宇宙を歩くために」は、多くの人に読んでもらいたい。

いいなと思ったら応援しよう!