日本語虎の巻(1)品詞と活用

 はしがき

 この文書は、21世紀初めの東京における日本語の文法を記述したものである。日本語の文法を記述した本は既に存在する。それにもかかわらず私がこの文書を書くのは、発展を続ける日本語学に更なる刺激を与えるためである。
 この文法書の特徴は2つある。1つ目は、文法の記述における基礎的な単位として語ではなく形態素を選んだことである。これは、語という概念そのものに疑いが生じたからである。2つ目は、統語的な問題、形態的な問題、そして意味的な問題を厳密に区別したことである。その結果、動詞・形容詞・形容動詞は用言という同じ品詞として扱うことになった。ここで注意すべきなのは、動詞と形容詞と形容動詞の区別は意味をもたないわけではなく、形態論で扱うべき問題だということである。
 この文書には既存の学説に反する主張が時々あるが、私は既存の学説を全く無視したわけではなく、むしろ大いに参考にした。私に力をくれた数々の研究者に感謝を述べる。また、将来の研究者が日本語の変化と研究の進歩に合わせてこの文書を更新し続けてくれることを願う。

 2025年元旦 ななみ


 第1章 発音

 母音

音素 音価
/a/  [a]
/i/   [i]、ただし無声子音同士の間、若しくは語末かつ無声子音の後で[i̊]
/u/  [ɯ]、ただし無声子音同士の間、若しくは語末かつ無声子音の後で[ɯ̊]
/e/  [e]
/o/  [o]

 子音

音素 音価
/k/  [k]
/s/  [s]、ただし/i/と/j/の前で/ɕ/
/t/   [t]
/c/  [ts]、ただし/i/と/j/の前で[tɕ]
/n/  [n]
/h/  [h]、ただし/i/と/j/の前で[ç]
/f/   [ɸ]
/m/    [m]
/j/   [j]
/r/   [ɾ]若しくは[l]
/w/    [w]
/g/  [g]、ただし話者によっては語中で[ŋ]
/z/  [dz]若しくは[z]、ただし/i/と/j/の前で[dʒ]若しくは[ʒ]
/d/  [d]
/b/  [b]
/p/  [p]

 特殊音素

音素 音価
/R/  直前の母音を長く発音する
/N/  /a/・/u/・/o/・/s/・/h/・/f/・/w/の前で[ɯ̃]、/i/・/e/・/j/の前で[ĩ]、/k/と/g/の前で[ŋ]、/t/・/c/・/n/・/r/・/z/・/d/の前で[n]、/m/・/b/・/p/の前で[m]、語末で[ɴ]
/Q/  直後の子音を長く発音する

 第2章 品詞


 用言…述語になる。以下の2つに分けられる。

  • 1項用言…項を1つとるもの。(例)走る・落ちる・赤い・静かだ

  • 2項用言…項を2つとるもの。(例)書く・取る・食べる・見る・勉強する

 名詞…後に格助詞が付いて、項や連用修飾語になる。(例)警察官・猫・車・ドア・日本
 「3個」や「たくさん」など、数量を表す名詞は、単独で連用修飾語になる。

 副詞…単独で連用修飾語になる。(例)ゆっくり・とても・もし・多分

 連体詞…単独で連体修飾語になる。(例)あらゆる・小さな・この・我が

 感動詞…単独で文になる。(例)ああ・こんにちは・どっこいしょ

 助動詞…判断の後に付いて、意味を付け加える。以下の5つに分けられる。

  • 受動接辞…用言のとる項を1つ減らすもの。(例)れる

  • 使役接辞…用言のとる項を1つ増やすもの。(例)せる

  • 助動詞A…テンスを表す助動詞の前につくもの。(例)たい・ない・ます

  • 助動詞B…テンスを表す助動詞そのもの、若しくは、それと共存しないもの。(例)た・う・(命令形)

  • 助動詞C…テンスを表す助動詞の前にも後にもつくもの。(例)だろう・のだ・はずだ

 判定詞…名詞の後に付いて、名詞を述語にする。(例)だ

 準体助詞…判断の後に付いて、判断を名詞にする。(例)の・か

 副助詞…名詞の後に付いて、意味を付け加える。(例)だけ・など

 接続助詞…判断の後に付いて、判断を連用修飾語にする。以下の2つに分けられる。

  • 接続助詞B…テンスを表す助動詞と共存しないもの。(例)て・ながら・ば

  • 接続助詞C…テンスを表す助動詞の後につくもの。(例)から・なら・時

 格助詞…名詞の後に付いて、名詞を項や連用修飾語にする。以下の2つに分けられる。

  • 文法格助詞…名詞を項にするもの。後に係助詞がついた時に省略される。(例)が・を

  • 意味格助詞…名詞を連用修飾語にするもの。後に係助詞がついた時に省略されない。(例)に・から・で

 係助詞…名詞+格助詞の後に付いて、意味を付け加える。(例)は・も・さえ

 引用助詞…文の後に付いて、文を連用修飾語にする。(例)と

 連体形語尾…判断の後に付いて、判断を連体修飾語にする。(例)(連体形)

 連体助詞…名詞(+格助詞)の後に付いて、名詞を連体修飾語にする。(例)の

 並列助詞…名詞同士の間に付いて、名詞同士を繋げる。(例)と・や・か

 終助詞…判断の後に付いて、判断を文にする。(例)よ・わ・か

 第3章 活用

 渡り音

  •  子音で終わる語の後に子音で始まる語をつける時は、間に”i”を入れる。

  •  ただし、「ない」をつける時は”a”を入れる。

  •  また、「まい」をつける時は”u”を入れる。

  •  母音で終わる語の後に母音で始まる語をつける時は、間に”r”を入れる。

  •  ただし、意志の「う」をつける時は”j”を入れる。

  •  また、「せる」をつける時は”s”を入れる。

 音便

  •  子音で終わる語は、音便語幹接続の語の前で語末の音が以下のように変わる。

  基本語幹 k s  t  n  m r  w g b
  音便語幹 i  si Q N N Q Q i  N

 不規則活用

  •  「行く」の音便語幹は、"ii"ではなく"iQ"である。

  •  「いらっしゃる」・「なさる」・「おっしゃる」・「ござる」は、「ます」の前で”iraQsjai”・”nasai”・”oQsjai”・”gozai”になる。

  •  話者によっては、「要る」の過去形”iQta”が使われないことがある。

  •  「くれる」は、「(命令形)」の前で”kur”になる。

  •  「得る」は、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」の前で”e”か”u”になる。

  •  「する」は、否定の「ぬ」の前で”se”、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」の前で”su”、「れる」・「せる」の前で”s”、「べきだ」の前で”su”か”s”、それ以外の時に”si”になる。

  •  「愛する」など、漢字1文字と「する」からなる動詞は、音便語幹接続の語の前で”…si”、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」の前で”…su”、「べきだ」の前で”…su”か”…s”、それ以外の時に”…s”になる。

  •  「来る」は、「ない」・「ぬ」・「う」・「れる」・「せる」・「(命令形)」の前で”ko”、「(終止形)」・「(連体形)」・「ば」・「べきだ」の前で”ku”、それ以外の時に”ki”になる。

  •  「良い」は、「(終止形)」・「(連体形)」の前で”jo”か”i”になる。

  •  形容詞は、「ございます」の前で語末の音が以下のように変わる。

  a i   u o
  o ju u o

 活用形

  •  「(終止形)」は、動詞型活用の後で”u”、形容詞型活用の語の後で”i”、判定詞型活用の語の後で”da”になる。

  •  「(連体形)」は、動詞型活用の後で”u”、形容詞型活用の語の後で”i”、判定詞型活用の語の後で”na”になる。

  •  「(命令形)」は、子音で終わる語の後で”e”、母音で終わる語の後で”ro”、「来る」の後で”i”になる。

  •  ”n”・”m”・”g”・”b”で終わる動詞の後に「て」・「ても」・「た」・「たら」・「たり」をつける時は、”t”を”d”に変える。

 第4章 語形成

 派生語

  • 動詞が名詞になったもの。(例)使い方・話

  • 動詞が形容詞になったもの。(例)言いがちだ・食べやすい

  • 名詞が動詞になったもの。(例)汗ばむ・春めく

  • 名詞に意味をつけ加えたもの。(例)山田さん・1時間ごと

  • 名詞が形容詞になったもの。(例)大人っぽい

  • 形容詞が動詞になったもの。(例)多すぎる・恥ずかしがる

  • 形容詞が名詞になったもの。(例)厚み・長さ

 複合語

  • 動詞と動詞を合わせて、「AしてBする」という意味を表すもの。(例)通り過ぎる・持ち上げる

  • 動詞と名詞を合わせて、「AするB」という意味を表すもの。(例)置き傘・飲み薬

  • 名詞と動詞を合わせて、「AがBする」・「AをBする」・「AにBする」・「AでBする」という意味を表すもの。(例)声変わり・花見・山登り・手書き

  • 名詞と名詞を合わせて、「AのB」・「AとB」という意味を表すもの。(例)猫耳・手足

  • 形容詞と動詞を合わせて、「AのようにBする」という意味を表すもの。(例)長話・早歩き

  • 形容詞と名詞を合わせて、「AなB」という意味を表すもの。(例)嬉し涙・近道

  • 形容詞と形容詞を合わせて、「AでBだ」という意味を表すもの。(例)暑苦しい・細長い

続く

 参考文献

原沢伊都夫(2010)『考えて、解いて、学ぶ 日本語教育の文法』、スリーエーネットワーク
益岡隆志・田窪行則(1992)『基礎日本語文法 ―改訂版―』、くろしお出版

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