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産後うつ記録:出産した日の夜は不安で泣いた

✳︎これは現在4歳の娘を出産し、2年半も産後うつに悩んだわたしの、回復までの体験談です。前回の記事はこちらです。

娘がとりあげられ、すぐに鳴き声が聞こえてきました。
産声が聞こえた時には、感動よりもむしろ安堵で胸がいっぱいでした。
先生が「元気ですよ」と見せてくれた娘の顔は、白い肌に痣のような赤みがありました。

その後処置をしてもらい、娘と夫とわたしの3人が分娩室に残されました。
大人しく眠り、時々体を四肢を動かしたりする娘を、夫と二人眺めました。
おかしなことですが、可愛いとか愛しいとかそんな感情よりも、本当に赤ちゃんが生まれてきたという事実に驚いていたのです。
いわゆる「十月十日」以上お腹で育てていたにもかかわらず、本当に生まれてくるなんて、信じられないと。

やがて娘を看護師さんが迎えに来て、夫も部屋から出され、わたし一人になりました。
天井を眺めたり、自分の腕に繋がった点滴のルートを見たり、ホワイトボードに書かれた出血量や分娩状況の記録を見たり。
この今の状況を忘れないようにしよう、と周囲を眺めていたのを覚えています。
流石に疲れが出たのと、出産の興奮もおさまり、少しだけそのままの姿勢で眠りました。

入院したのは、母子別室の産院でした。希望すれば家族も同室で宿泊することができます。
出産日は産婦は回復に努めるのがその産院の方法で、その日は娘を抱くこともなく、部屋でひたすら寝て過ごしました。
わたしが分娩室を出てから娘を見たのは、新生児室のガラス越しにお見舞いのお客さんとでした。

「恐ろしいことをしてしまったのじゃないかな」と、夜夫に不安を告げました。
「人間を一人この世の中に送り出してしまった。こんな責任の重い大それたことをしてしまって、不安で仕方がない」
「それは大切な感情なんじゃないかな。ただノー天気でいるよりずっといいよ」と夫は答えました。

夫の返事で少し落ち着きましたが、このときの感情は未だにわたしの中から消え去りません。
自分が望んで出産したとはいえ、一人の人間をこの世の中に送り出した。
それはただ幸福なだけのことではなく、重大な責任をわたしが背負ったということでもある。
それはまぎれもない事実で、その責任を果たさねばならないと、心の中にわたしを糾弾するわたしがいるのです。

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