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高齢ドライバーの免許更新に関する新方針について考える

先日なんとなく情報番組を見ていると、高齢ドライバーの免許更新に関する新たな方針が報じられており、思わずしっかり聞いてしまいました。
結論から言うと、わたし自身はその番組から得られた情報だけでは、新方針も手放しに満足ということはできません。ただし批判して終了ではお粗末なので、今後も経過を見ていくつもりです。
今回はこの新方針のポイントを確認し、現行の高齢ドライバーの免許更新時の評価について、STとしての目線で考えてみようと思います。

高齢ドライバーの免許更新に関する新たな方針とは
ご存知のかたも多いかと思いますが、以下に今年の通常国会に提出される予定の道路交通法の改定案を簡単にまとめました。
ポイントは2点。

1.一定の違反や事故歴のある高齢ドライバーに対し、免許更新時に実車試験を行い、合格するまで更新ができないようにする。(適用される高齢ドライバーの年齢は75歳以上もしくは80歳以上で検討中)

2.運転サポート付き自動車限定の免許を新設し、本人の希望があれば限定免許に切り替えることができる

わたしはこれらの改定に先立ち、このいずれにも関係するある問題の解決こそ優先すべきだと考えています。まして、この問題の解決無くしては、高齢ドライバーによる危険運転に大きな展開はないのではないかと危惧します。

その問題とは、現行の高齢ドライバーに対する認知機能検査の内容です。
警視庁のホームページからも確認できますが、現在75歳以上の高齢ドライバーは免許更新時に認知機能検査を受けています。その検査項目は以下の通りです。

⑴時間の見当識:今が何月何日何曜日の何時かという問題
⑵手がかり再生:16枚の絵を記憶して再生(思い出す)
⑶時計の描画:指定された時間を指す時計の文字盤を描く

これらはごく一般的な認知機能の評価です。わたしたちSTも似たような評価を使って、高齢者の認知機能を推し量ることがあります。
しかし、わたしが自動車の運転をしたいと希望する人に対して検査を行うとしたら、この検査項目だけでは判断することはできません。絶対にできません。なぜならこの3つの評価だけでは、運転に必要な認知機能を網羅できているとは言い難いからです。

実施されている3つの認知機能検査は自動車運転に必要な能力とズレがある


それぞれの検査と、その検査が意味するところを確認したいと思います。

まず⑴の時間の見当識ですが、見当識とはそもそも「時間・場所・人などの情報を把握し、今の状況を理解する力」を指します。時間の見当識は、HDS-RやMMSEといった一般的な認知機能評価にも採用されており、ごく一般的な項目です。

次に⑵の手がかり再生ですが、これは短期記憶のテストです。ノーヒントで答える問題と、ヒントを元に答える問題があるようです。短期記憶というのは、記憶の中でも数秒〜数十分程度の短い期間のみ保持しておくための記憶力です。

最後の⑶時計の描画ですが、これもごく簡便な認知機能評価として有名なものです。ただし、時計描画テスト(以下CDT)は実施方法・評価方法がいくつかあるのですが、どの方法を採用しているのかは警視庁のホームページには記載されていませんでした。
ただ採点方法の如何に関わらず、このテストは認知症の検出によく採用されるものです。HDS-RやMMSE、さらにはWAIS-4などといった認知症(認知機能)検査に比較して簡便であり、被検者の自尊心を傷つけにくく、所要時間が少ない、と言ったメリットがありますが、標準化されていないのが実情です。

つまり、これらの検査は一般的に何を評価するために使うかというと、⑴見当識、⑵記憶、⑶認知症の有無ということになります。

以上の結果をわたしの目線で見ると、これらの検査項目はあくまでも「認知症を検出する」ための評価だと思わずにはいられません。
というのも、⑴見当識、⑵記憶というのはアルツハイマー型認知症の初期症状でもあり、これらも認知症の有無を判断するための項目であるという印象があるからです。むしろ、時間の見当識やこの単純な記憶評価そのものが、自動車運転に必要な認知機能を有しているか判断するに値するかというと、これだけでは全く材料が乏しいと感じます。
そのため、あくまでも認知症を検出し、認知症者の運転をストップさせることに重点が置かれているように感じます。

ただし⑴⑵の2つと異なり、⑶CDTについては評価の意図を理解できる部分があります。それは、CDTは教示を理解し作業を行う必要があり、前頭葉、側頭葉、後頭葉と脳の全体が活動が必要である点です。その中では空間認知などの運転には欠かせない能力も部分的に判断できる可能性があります。
しかしこれも「部分的に」と表記している通り、CDTだけでは満足な判断は困難です。というのも、机上での空間認識と実際の活動での空間認識は、必要とする容量も質も全く異なるからです。CDTで明らかな誤りが出現しているとすれば、自動車運転の際には相当危険な運転をしていると考えられます。

CDTに限らず、⑴⑵⑶のどの検査でも明らかな低下が生じているとすれば、それは日常生活にも支障がある認知機能の状態です。おそらくスケジュール管理ができなかったり、家族との言った言わないの揉め事が増えるだとか、買い物で買い忘れが増えるだとか、家の中の物の配置を動かすとつまづくだとか、そんなことが起きているはずです。

そして、自動車の運転はもっとずっと高度な能力を必要とします。
目はフロントガラス越しに正面から左右の状況を確認し、時折バックミラーやサイドミラーもみなければなりません。足も常にフットペダルに乗せ、必要に応じてアクセルとブレーキを踏みわけます。もちろん、力加減も重要です。トンネルに入ればライトの操作、雨が降ればワイパー、方向転換時や車線変更ではウィンカーを操作します。
全ては認知機能・高次脳機能と言われる能力が総合して働くためになせる技ですが、家庭内での生活でもトラブルがあるような認知機能の状態では、もちろん適切なタイミングで適切な判断を下して運転することは困難だということは理解いただけると思います。

むやみに高齢ドライバーを叩かない社会であるために

高齢ドライバーにとって運転免許はとても重要なものです。
住んでいる地域によっては、公共交通機関の乏しさなどから、運転ができないと生活がままならない人もいます。わたし自身「自動車は一人一台」の田舎育ちですから、車がないとスーパーにも病院にも行けない地域があることも知っています。
また、自動車免許を持っていることが、自尊心を守っていることもあります。これを失っては、と免許返納に強い拒否感がある方もいます。

もちろん、能力が伴うのであれば運転の継続ができることは素晴らしいと思います。高齢者はすべて免許剥奪!などという過激な意見もあるようですが、そんな単純な問題ではないのは間違いありません。

現行の更新時の検査では、ある程度症状の進んでいる認知症者を検出することは可能ですが、運転に関わる認知機能の評価として網羅されているとは言い難い印象です。
しかも現行の検査は認知症といってもアルツハイマー型を想定されているようであり、前頭側頭葉型認知症やレビー小体型認知症などの初発症状に物忘れが少ない場合、見落とされやすいのではないかという懸念もあります。

さらに、逆キツネのポーズの記事で少し記載しましたが、運転に必要な認知機能が低下する原因は認知症のみではありません。
脳血管疾患などによる高次脳機能障害や精神疾患にともなう判断力の低下など、上記の検査では問題がないにもかかわらず実際の運転では支障をきたす場合があります。判断力、遂行機能、注意機能まどは言うまでもなく、やはりある程度実際の運転技能評価は必要なのではないかと思います

必要な場合にはもちろん胸を張って運転して欲しいからこそ、確実な評価によって免許が更新されているという裏付けのある信頼が欲しいと感じずにはいられません。
そして、免許を返納して制限されることのない生活ができるよう、地方においては公共交通機関の充実や出張サービスの促進など、環境が整えていかれることも強く望みます。

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