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15年後にハートのシールは
あの日私は
「だいすき!」と
「うそだよ〜!」の
2種類のハートのシールをしのばせて
幼稚園バスに揺られていた。
もうすぐ降りるバス停に着いてしまう。
渡したい渡さなきゃ渡そう渡せるかな渡すんだ渡せルワタセルワタシタイ
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35年くらい前、私は幼稚園に通っていた。
同じクラスにとっても優しい男の子がいた。
同じ通園バスに乗る、その子のことが私は好きだった。
バレンタイン前。
いつも行くスーパーにチョコの特設会場ができた。
母と夕方買い物に行ったときだったと思う。
その子に渡すチョコを買いたいと母にお願いした。
やりとりは忘れてしまったけど、母から「幼稚園に食べ物は持っていけないんじゃないか」的なことを言われた気がする。
諦めるわたし。
でも、諦めきれないわたし。
当時、アイスクリームショップかどこかで小さなハートのシールをもらっていた。
そのシールは2枚仕立てになっていて、上の1枚目には「スキ!」と書いてある。
数枚持っていたシール。
1枚目をはがすと、「うそだよ~!」や「だいすき!」など中身には何種類かの違うメッセージが。
「シールなら持っていってもいいかなぁ」
母に相談する。
「…まぁ、シールくらいなら大丈夫かもね」
当時、母は「なんて積極性のある子なんだ。誰の子だろう」と思ったらしい。
大人になった私は「すてきー!」と思ったものや出来事を、誰かに伝えたくて文章を書いている。
伝えたい!と思う気質はあの頃から変わっていないのかもしれない。
バレンタインの日、私はいつも通り、幼稚園の黄色いかばんを斜めに提げてバスに乗った。
かばんの外ポケットにハートのシールを入れて。
もちろん、はがすと「だいすき!」が出てくるシールを選んで。
そして、「うそだよ〜」もそっと入れた。
せめてこっちは渡そう、こっちなら渡せるかもと思って。
記憶はとぎれとぎれで、朝~日中のことは覚えていない。
記憶があるのは帰りのバス。
かばんの外ポケットにしのばせたシールを、ずっと握っていた。
シールがつぶれてしまわないように、気を付けながら。
幼いなりに、今日渡すにはもう、このバスの中しかチャンスはないとわかっていた。
確か、斜め前に座っていた彼。
シールを、渡せるか。
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私の降りるバス停に着いた。
バッグのポケットには、ハートのシールが入ったまま。
2枚とも。
心ってこの辺りにあるのかなと思う場所が、
ぎゅっと絞られたような感覚になった。
でも同時に、ホッとしたような気持ちも湧いてきたことを、ぼんやりとだけど、覚えている。
渡すことのできなかったハートシールは、その後、自分でそっと上面をはがした。そしてすぐ元に戻す。
今後渡すつもりなんてなかったけど、ハートの角やふくらみがなるべくきれいにそろうように貼り直した。
ハートシールは、私のシールコレクションを入れた、お菓子の缶の片隅にしばらく鎮座していたが、
いつのまにかどこかにいってしまった。
私は小学校入学に合わせて、ちょっとだけ離れた町に引っ越した。
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そこから15年ほど経ち、私は大学生になった。
仲良しグループで学食に集まる。
その日は、わいわいと初恋の話になり、私は幼稚園のときに大好きだった男の子の名前を話題に出した。
「えーよくフルネームで覚えとうね~!!」
「そうやろ?名前をいまだに覚えとうなんて健気よねー」
などと笑って話していた。
すると友達のひとりが、
「え、その人、家どこ?」
神妙な顔で言う。
私も友達も通っていたのは地元の大学で、お互いの実家や引っ越す前のエリアなんかも割とよく知っていた。
「幼稚園の時の話やけん…
その子の家まではわからんけど…あの辺で同じバスやったけん、〇〇エリアやろうねぇ」と答えると
友達は神妙な顔の眉をさらにぎゅっと寄せて言う。
「…その人、、、私の元カレかもしれん」
「えーーーー!!!!!!」
そのあと、顔立ちなどなど記憶をたどり、ざっくり照らし合わせたら、どうも本当にその彼っぽい。
えーーー、である。
私の初恋。
私のシールの君。
なんだ、この告白してないのにフラれた的展開は。
取られてないのに取られた的な立場は。
しかも、もう別れてるのが、またなんか虚しい!
その日はひとしきり、みんなでその話で騒いだ。
私が彼のことをフルネームで覚えていなかったら、この、まさかの関係性が明るみになることも、きっとなかった。
「やさしかったよねぇ」
最終的には、時を超えて、友達としみじみ話した。
わたしの小さな恋心は、15年経って、なんだか変なかたちに収束した。
シールを渡せていたら、なんてもちろん思ったりはしない。
だけど、小さかった私でも、
シールすら渡せないくらいには、ちゃんと誰かを好きだったんだなぁ。
園章のついた紺色の帽子をかぶった、ちいさな頃の私をなでなでしてあげたいなぁ。
15年経ってそんなことを考えていた。
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大学時代もあっという間に過ぎ、
小さかったはずの私も40歳の大人になった。
2人の男の子のお母さんにもなった。
学食で騒いだメンバーとは3ヶ月に1度くらい集まってランチに行く。
幼稚園時代からも、大学時代からも時間はどんどん経ったけれど
バレンタインの時期になると、シールのことを毎年ふわりと思い出す。
そして、町のあちこちに、
誰かの小さなかわいらしい気持ちがポポポッと灯っているのを想像する。
私はにこにこしてしまうのをマフラーで隠して、
さて、今年は我が家の3人の男子たち(子2人+夫)に、どんなチョコを選ぼうかと考え始める。
誰か、ハートのシールもらってきたりしないかなぁ。
あの日のハートのシールは、意外な楽しみを今でも残してくれている。
※Webライターラボの2月のテーマ『バレンタインの思い出』の応募作品です。
Discord名:maple
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