食料安全保障に「8つの懸念」
国際食糧政策研究所(IFPRI、本部・米ワシントン)は2023年1月24日、「食料インフレは本当に和らいだのか」と題したブログで、世界の食料安全保障に依然として8つの懸念が残っていると表明しました。ロシアのウクライナ侵攻後に急騰した食料価格はだいぶ値下がりし、需給逼迫への不安は後退したものの、まだ予断を許さない状況だと強調しています。国連食糧農業機関(FAO)などが運営する「農産物市場情報システム」(AIMS)の2月のリポートもこのブログをわざわざ紹介し、警鐘を鳴らしています。とにかく楽観ムードは戒めたいようです。
IFPRIは、世界の多くの国々が共同で設立した国際農業研究協議グループ(CGIAR)傘下の機関です。CGIARは、開発途上国の食料増産の支援を目的に、世界銀行やFAO、国連世界食糧計画(WFP)などの国際機関や、日米欧などの先進国が共同で設立した組織です。
FAOが2月3日に発表した1月の世界食料価格指数(2014~16=100)は131.2となり、前月比1.0ポイント下落しました。ロシアによるウクライナ侵攻直後の2022年3月に159.7と、過去最高に上昇した後は10カ月連続でマイナスとなり、21年9月(129.2)以来1年4カ月ぶりの低い水準となりました。穀物や植物油、乳製品、食肉、砂糖の5品目がすべて前月から下落しており、食料高騰は一服したと言えます。
しかし、IFPRIはブログで8つの懸念があるとした上で、①食料価格は歴史的にはまだ高い②食料需給は依然として逼迫している③今年もウクライナ産農産物の輸出減少が懸念される④肥料価格も高止まりしている⑤干ばつで今年の南半球の穀物生産が大幅に減る可能性がある⑥アフガニスタンや「アフリカの角」といった一部の国は食料不足に見舞われる可能性がある⑦ほとんどの国では食料インフレは高止まりしている⑧低所得国は政府の財政支援が限られる―と指摘します。
①の「食料価格は歴史的にはまだ高い」については、FAOの世界食料価格指数を基に、「紛争前の19年末の水準に戻ったが、それ以前の数年間の水準を大きく上回っている」と指摘しました。穀物と食肉、乳製品、植物油、砂糖の5品目すべてに当てはまり、特に植物油は22年6~12月に33%下落したものの、新型コロナウイルス前の水準を3分の1も上回っていると強調しました。
②の「食料需給は依然として逼迫している」に関しては、穀物の需給状況の指標となる期末在庫がここ数年間低迷していることを挙げ、「供給に大きな問題が生じれば、価格が不安定になる可能性が強まる」と指摘します。③の「今年もウクライナ産農産物の輸出減少が懸念される」については、21、22年産のウクライナ産の農産物の輸出が落ち込んだことに続き、23年産も減少する可能性が強いということです。その理由として、昨年秋の冬小麦の作付けが最大で前年比40%も減少したほか、紛争の影響で今春の春小麦の作付けも大きく減る可能性がある点を挙げています。
④の「肥料価格も高止まりしている」については、窒素肥料の製造に必要な天然ガスの値下がりにより、ピークからは下落したものの、依然として高い水準であると指摘します。カリ肥料の主要生産国であるベラルーシに対する輸出禁止措置などが影響しているということです。投入コストの上昇で農家の収益が減少し、肥料の使用を減らすことで特にコメや小麦、トウモロコシの収量に悪影響が出ると予測します。中でも、コメは22年の生産が減少しており、これによって在庫も減少するとの見方から、既に先物価格は上昇していると懸念を示しています。
⑤の「干ばつで今年の南半球の穀物生産が大幅に減る可能性がある」に関しては、アルゼンチンの小麦などの生産が激減する可能性がるということです。このため、黒海穀物イニシアチブが継続され、ウクライナからの輸出が確保されたとしても、23年の主食の世界生産は減少すると予測します。
⑥の「アフガニスタンや『アフリカの角』といった一部の国は食料不足に見舞われる可能性がある」については、今年は世界経済の減速が予測されていることから、食料需要も減少し、これ以上の大きな混乱がなければ、世界的な食料不足は生じないとしながらも、一部地域では生じる可能性があると強調します。具体的には、「アフリカの角」と呼ばれるソマリアやエチオピアと、アフガニスタンを挙げ、紛争や異常気象、輸入能力の不足によって食料の確保に支障が生じるとの見方を指摘しています。
⑦の「ほとんどの国では食料インフレは高止まりしている」については、22年後半に世界の食料価格は値下がりしたものの、各国の国内価格は小幅な下落にとどまり、食料品のインフレは前年比では高い伸びが続いていると指摘します。国際価格の変動が国内価格に与える影響は限定的ということです。
⑧の「低所得国は政府の財政支援が限られる」については、低所得国は食料価格の値上がりを吸収するために政府の財政支援が重要だが、こうした国の政府は新型コロナウイルス対策で財政が悪化しており、支援が難しくなっているということです。公的債務の膨張によって自国通貨が下落し、食料の輸入価格が上昇し、インフレを加速させている問題も挙げています。
これらを踏まえ、IFPRIは結論として、食料輸入の支払い能力といったマクロ経済レベル、自国通貨建てでの食料の値上がりや世界経済の減速に伴う所得減少といった家計レベルの両方で、手ごろな価格で食料を手に入れることは依然として課題だと総括します。その上で、「こうしたリスクは高いままだ。国際社会が債務を大幅に免除したり、新たな財政支援を行ったりしなければ、食料価格は23年も上昇し、世界中で脆弱な家計にとって食料安全保障の脅威となる可能性が強い」と強調しました。要するに、特に途上国の貧しい人たちは今年も大変なので、先進国はもっと支援をしろということが言いたいようです。