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英国で政権交代、重点分野に「食料安全保障の強化」 農業界は予算拡大を期待


 
英国で7月4日に総選挙が行われ、野党第一党の労働党が与党・保守党を大差で破り、14年ぶりに政権が交代しました。環境・食料・農村地域相に就任したスティーブ・リード氏は優先課題として、「食料安全保障の強化に向けた農家支援」など5分野を挙げ、重点的に取り組む考えを表明しました。農業界では、削減が続く予算の拡大に期待が強まっています。
 
首相に就任した労働党のキア・スターマー党首が7月5日に組閣を行い、環境・食料・農村地域相にリード氏を任命しました。同氏は、野党時代の「影の内閣」で環境・食料・農村地域相を務めており、順当な人事です。英国では、農林水産省と環境省を統合した環境・食料・農村地域省(DEFRA)が農業・食料政策を担っています。
 
英国は保守党政権下の2020年1月末に欧州連合(EU)を離脱したことを受け、EUの共通農業政策(CAP)を段階的に縮小し、2028年までに環境土地管理スキーム(ELMS)への移行を進めています。英国メディアによると、労働党政権もELMSを支持しており、政権交代によって農業政策に大きな変化はない見通しです。
 
リード氏は7月8日、自身のX(旧ツイッター)に動画を投稿し、大臣に就任したことを「大変な栄誉だ」としつつ、「我々は今、危機に直面している」と強調しました。「河川や湖沼、海洋の汚水は過去最高水準にある。自然は死につつある」と水質汚染の深刻さを訴える一方、「農家の信頼は過去最低だ」と政府と農家の関係が悪化していることを指摘しました。
 
リード氏は「損失を回復するには数年かかる」とした上で、5つの重点分野を定め、優先的に取り組む考えを示しました。具体的には①河川や湖沼、海洋の浄化②廃棄物ゼロ経済に向けたロードマップの作成③食料安全保障の強化に向けた農家支援④自然の回復の確保⑤洪水の危険からの地域社会の保護-を挙げました。
 
5つの優先課題にわざわざ1~5の番号をつけていることから、優先度はこの順番だと想像されます。環境相としての課題を多く指摘していることから、農業や食料供給より環境保護を優先させる考えもにじんでいます。食料相としての課題は、③食料安全保障の強化に向けた農家支援-しかありません。
 
農業資材メーカーらでつくる農業産業連盟(AIC)は、優先課題に食料安全保障の強化が含まれたことを受け、具体策として、独立機関である「食料安全保障委員会」の創設を改めて要望しました。政権の短期的な利害に左右されず、独立機関が長期的な視野に立って政策を監視し、勧告するというものです。
 
英国では、こうした機関として既に気候変動対策を監視する「気候変動委員会」があり、この食料安全保障版を設立せよということです。2023年秋の報告書に盛り込まれました。ユニークなアイデアなので、食料安全保障の強化を掲げる日本にとっても参考になるかもしれません。
 
DEFRAによると、2022年から2023年にかけ、英国の農業総生産性は5.1%低下しました。AICは、食料安全保障を強化するため、農業生産性の向上を強調した上で、「こうした機関が創設されれば、農業生産性を決定する幅広い課題を検討し、食料安全保障について政府に勧告できるようになる」と訴えています。
 
一方、英国最大の農業団体ナショナル・ファーマーズ・ユニオン(NFU)のトム・ブラッドショー会長は7月5日、政権交代を受け、英国農業にとって「リセットのときだ」と表明し、抜本的な見直しを求めました。その上で、新政権の最優先課題は「農業予算の増額だ」と強調しました。
 
NFUが委託したシンクタンクの調査によると、イングランドの農業予算は現在(約24億ポンド)の1.7倍となる40億ポンド(1ポンド=205円換算で8200億円)が必要で、ウェールズやスコットランド、北アイルランドを含む英国全体では56億ポンド(約1兆1500億円)に上るということです。今のままだと予算が全然足りないので、もっと増やせと主張しています。
 
イングランドに必要な40億ポンドの内訳は、政府の環境目標達成のために約27億ポンド、生産性向上のために6億1500万ポンド、農業ビジネスの経済安定性を支えるために7億2000億ポンドとなっています。ブラッドショー会長は、こうした予算は「国産食品や環境、再生可能エネルギーといった英国農業の未来への投資だ」と訴えています。

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