今も私の中心にある父の言葉
『人間の価値は職業や金じゃない
医者も弁護士も社長も関係ない
みんなただの1人の人間や
大事なのは、人としてどう生きるかや。』
あの頃、私は20歳そこそこで、短大を卒業して地元に戻って来たばかりだった。街角で怪しげな坊主のキャッチに捕まり、気づいたら毛皮を売っていた。
短大卒業後、ほとんどのメンバーが就職か進学をしていた。
しかし、私に就職する気はなかった。大学への編入試験にも落ち、勧められるまま試しに一度だけ受けた就活も、案の定アッサリと断られた。
初めから無い就職動機など、上手に答えられもしなかった。今後の明確な目標も無かった。
怪しげな坊主に出会ったのは、そんな頃だった。
何もない自分にどこかで焦っていたのだろう。何かをしなければいけない。何者かにならなければいけない。
『めっちゃ儲かる仕事があるから話聞かない?』
明らかに怪しい誘いなのに、焦っていた私は怪しみながらも、【儲かり話】に釣られて京都四条のビルの一室に入った。
この場合、『着いて行かない』が正解だ。
そこにいたのは、アルマーニのスーツを着た関西弁のお兄さんと、ちょっと派手目なピンクの口紅のお姉さん。さらに若者数名。ここから、ネズミ子的な毛皮売りが始まる。
若者の特権は、根拠のない湧き上がる自信と瞬発的な行動力なんじゃないかと思う。
ただ、その熱が間違った方向へ向かう事が多々ある。
その熱は私を、何者かにならなければと追い立てた。その毛皮売りで得たお金で自分も変われるのではないかと思わせた。
毛皮売りの手法はこうだ。月1位で大阪のでっかいビルで毛皮の展示会が開催される。それに、新人はまず家族や友人を招待する。そこで、チームリーダーみたいなトークの上手いスーツが登場して毛皮を売り込む。100万とかの毛皮だ。そして、売れた金額の2割だったかな?それが自分に入る仕組み。
次に、新人は自分の友達を仕事に誘う。そして、その子が売った毛皮の代金のいくらかがまた自分に入る。今まで全く興味がなく、欲しいと思ったことなど皆無だった毛皮を売る。しかも、高額なローンを組ませて。思い出すと、自分がした事に吐きそうになる。友達もなくしかけた。
1回目の展示会では、父が叔父を連れて来てくれた(以前書いたヤンチャなおっちゃんだ)。叔父の小脇に抱えたセカンドバックは現金でパンパンだった。最初から毛皮を買う気で来てくれて、自分用と父にも一着、現金で支払いし機嫌よく帰って行った。
それ以外は、すぐに心が辛くなった。お金の有り余る金持ち相手じゃない。売る相手は親族や友達。自分が欲しいとも思っていない毛皮を知人に売るなんて。それも高額ローンで。自分がお金が欲しいからという理由だけで。
辞めそうな私を引き留める為に、1番リーダー的存在のアルマーニのスーツ男は、ご飯をご馳走しながらやる気を出させる熱い言葉をかけた。だけど、そのスーツも誰かの家族が買った毛皮の一部かと思うと、違和感を感じた。
そして、私を担当していた元ソープ嬢のお姉さんに、辞めると話し、毛皮売りは終わった。情に熱いそのお姉さんの事はけっこう好きだった。
私は 焦っていた。何者でも無い自分が許せず、何者かになりたくて。
そんな時父に言われたのが、冒頭の言葉だ。
『人間の価値は職業や金じゃない
医者も弁護士も社長も関係ない
みんなただの1人の人間や
大事なのは、人としてどう生きるかや。』
どこかへ送ってくれた車内での言葉。
父は私にとってただ1人、無償の愛情を与えてくれる『特別な存在』だった。幼い頃から、その『愛情』こそが、私に存在理由を与えてくれていた。
そんな父の言葉だから、私の中心にすんなりと刺さった。人には、1人でいいからそういう人間が必要だと思う。
いつも道に迷った時、ジャストなタイミングでそっと父は言葉を添えてくれる。父の言葉で、何度私は軌道修正をする事ができただろう。
『人としてどう生きるか』
それは、その後私の人生のテーマになった。
今、私は何者かと問われたら、まだやはり何者でもないかもしれない。だけど、いつも自分に問いかける。いかに生きているか。
父に恥ずかしくない生き方を今後もしたい。