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freewriting#5:そもそも具現化とは何か

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ここでふと思ったことは そもそも具現化とは何かということである.そもそも具現化は すごく主観的でありながら.一方で客観化する行為なのだと思う どういうことかというと.これをいえば万物がそうであるのだが 客観ですら主観的なな客観といえるからだ 万物ではないかもしれない.すでに客観であると合意されているものも多くある.こと創作においては客観化がはじめてである想像がかなりあるのではないかと思う.想像して自分のどこかに浮かんでいるあれやこれやを.目に見える形にするとしたらどうだろうか?と考える.もちろん すでに目に見える形かつそれがもつ意味を合意している 媒体もあるだろうが、あえてそれを 面影を残してずらした表象をさせたり.もする すでに客観と含意をされた媒体をもちいて 新しい想像を表出させることは一般的であるが そうだ 初の具現化の場合 それは 定義するということである.自分にそう見えているものを そのまま表出させたとして.それと既存の 媒体との 相互作用を見せることで定義することができる?

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その役割を 影響力を見せ、それ自体の視覚化さに表とむすびつけさせるということ えーっと.まだ 意味を合意されていない=客観化されていない.創作者の想像を 視覚化して 受け手の目の前に表出させ.既存の客観化された媒体との相互作用を見せることで それの役割を定義すること が具現化であるのかもしれない.このとき受け手は多くの変数のなかで創作主の定義をさぐるのである 変数は.視覚的な経験.既存の媒体との知識・経験.相互作用の解釈.これらがさっき言おうとした 受け手の型を規定するのかもしれない!つながった!これらの変数の幅 定義域は 知識や経験によっており.幅が広いことを型がやわらかいとよんでいたのだ!
これをうけて.具現化とは.ある程度自然に決まっていく最適化されていにというように考えられるが.そうなると今度は創作者の意志

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の介在の余地や作用について考えてみたいところだ まず 創作主の想像の要素のうち.それらがどれだけすでに表象と意味の合意をえているものであるか というグラデーションができる.とはいえ 合意がゼロの地点はほぼないに等しいのだろう 現代の場合.... そのうえで具現化の方法は3パターン見えてくる.①既存の表象を引用する ②複数の既存の表象の新しい組み合わせ.③既存の表象を引用せずに再定義する.おそらく表現として.提起するのであれば②③が重視されるのだろう.また.いま感じたことは③というのは.演劇においては俳優を介することで必ず起こるといえる 演劇はその意味で俳優という.創作主の関与しきれない媒体が存在するからおもしろいのである.俳優が③を必然的におこすとすれば.演劇は二段階の創作がおこなわれているといえるかもしれない 俳優に限らず.人を介する限りその分だけ 具現化の掛け算が

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起こってくるのだ。

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