
プロダクト開発では「ヒアリング」をしてはいけない
ビジネスの世界では「顧客へのヒアリングが大事だ」とよく言われます。
お客さんのもとを訪れて「どういうことに困っていますか?」と質問し、そこで聞き出した課題をもとに、プロダクトの開発や改善に活かしていく……。これが定石だとされています。
しかし、これはIT業界に広がる大きな誤謬であると、私は考えています。
ヒアリングによる「追体験」には限界があるからです。
ダイニーは飲食店に向けて、モバイルオーダーやPOSシステム、決済や勤怠サービスなど、お店の課題解決につながるプロダクトを提供しています。
私たちは、お店への「ヒアリング」のみに基づいてプロダクトを作ることはしません。
ヒアリングのみならず、メンバーが「飲食店のスタッフとして、実際に働いてみる」というやり方をとっています。自らが「当事者」としてオペレーションを体験し、そこで得た知見をもとに、プロダクトの開発・改善をするのです。
これが最も有効な手段だと考えています。
飲食店の課題がピンとこない……
かく言う私自身、創業期はよくヒアリングをしていました。やはり「プロダクト開発といえば、まずはヒアリングだろう」と思っていたのです。
飲食店のスタッフさんたちに「こんなプロダクトどうですか?」「どんな機能が欲しいですか?」とヒアリングし、そこで言語化されたものをそのまま作っていました。
しかし、それがハマっていないことに気づいたのです。
サービスを作っても「やっぱり違うな……」「当たらないな……」という感覚がずっとありました。ヒアリングで「こういうものが欲しい」と言われたものを、いざ開発してみると使ってもらえない。そんな状況が続いていました。
ヒアリングで満足するのは「責任放棄」である
なぜ、ヒアリングではダメだったのか?
それは「ヒアリングの場で答えてくれること」と「実際に現場で行なっていること」の間には、微妙な乖離があったためでした。
お客さんへヒアリングをすると「△△の工程に困っていて……」と口では答えてくれます。しかし、現場を見てみると、むしろ課題は別のところにあるのです。
または「休憩時間に日報を確認しています」といった具体的な業務工程を説明してくれるのですが、いざ現場を見てみると、その通りにオペレーションが進んでいないことがある。
これは現場の人が嘘をついていると言いたいわけではなく、質問に答える過程で、どうしても現場の実態とはズレてしまうことがある、ということです。
だからプロダクト開発では、まずは「お客さんがモヤモヤと抱えている課題を、言語化してあげる」ことから始めなければいけません。
一般的な“ヒアリング”では、この工程を省いてしまっています。「現場の人に言われたから、その通りに作っています」という状態。これではお客さんが本当に困っていることの解決には繋がりません。
極端にいえばサービスの作り手としての「責任放棄」です。
彼らさえも言語化できていないけれど、強烈に困っている課題を言語化してあげる。そのうえで、スムーズに解決できる手段を提供してあげる。
これこそが、サービスの作り手としてやるべきことだったのです。
お店のスタッフとして、自分が働いてみれば良い
そこで我々が考えたのは、自らが「当事者」になってしまえば良いのではないか? ということでした。
サービスの提供者である我々が、飲食店のスタッフの1人として、実際にシフトに入ってしまえば良いと思うようになったのです。
ホールでオーダーをとり、キッチンで調理や洗い物をし、バックオフィスの経理を体験してみる。さらには店舗のLINEグループにも入る。そうやって飲食店のオペレーションを体験しながら、実際に現場を「観察」する。
いつしかこうしたやり方を取るようになりました。
飲食店のホールスタッフの課題を解決したいなら、自らがホールスタッフに、キッチンの課題を解決したいなら、自らがキッチンスタッフになってみれば良いーー。そういう思想です。
これをダイニーでは「シフトイン」と呼んでいます。
シフトインで実際にお客さんの仕事を体験してみると「この動きが辛かったな」「この業務やりづらかったな」という課題が実感値としてわかります。それを自ら言語化するのです。
ヒアリングで「答え」を聞いてしまうのではなく、その「答え」を自ら見つけにいく感覚です。
このやり方を始めてから、顧客が本当に求めていたプロダクトを作れるようになりました。
フリマアプリを作った先輩起業家
ダイニーのこうした手法は、現スマートバンク社長の堀井さんに影響を受けています。
メルカリよりも早い時期にフリマアプリの「フリル」というサービスを立ち上げた、凄腕の起業家です。
堀井さんはダイニーのエンジェル投資家でもあり、創業期の本当にろくでもない時期から応援していただいています。今でも、ことあるごとに経営の相談をさせていただいています。
堀井さんは、端的に表すと「現場の観察」の鬼です。
彼はフリルを作るとき「女子大生や読者モデルが、どのように古着を処理しているのか?」という生態を、徹底的に観察していたそうです。
それも、1週間に数十人のユーザーにひたすら会って話をしたり、自ら学生や読者モデルたちと古着の売り買いをしたりと、普通のビジネスパーソンではなかなか真似できない手段を取っていたとのこと。
女子大生や読者モデルはファッションのトレンドを追いかけることに貪欲です。新しい服が出たらすぐに買いたい。しかし、それではクローゼットがパンパンになってしまいますし、お金もなくなってしまう。だから古着を処理できて、かつお金を貯める方法を模索していた。
そこで学生たちは、当時、流行していたミクシィで古着の売買をするなど、不合理な手段でそうした課題を解決しようとしていました。
堀井さんは「観察」を通して学生たちの生態を知ることができ、そこから着想して「フリル」を作ったそうです。
「実際に現場に入ってしまう」というシフトインの方法は、堀井さんの思想に影響を受けている部分があるかもしれません。
メンバー全員が現場に入る
では、実際にダイニーではどのように「シフトイン」をしているのか?
シフトインは開発メンバーに限らず、エンジニア、デザイナー、営業、広報などなど、職種に関係なくみんなで行うカルチャーになっています。
たとえばプロダクトチームのメンバーが、開発に悩んだとき。もしくは営業や広報のメンバーが、何かしらインサイトを持ち帰りたいとき。
社内のチャットに「シフトインいきたいです!」と一報を入れて、お店と繋いでもらいます。退勤後に、それぞれ自分が行きやすい店舗にスタッフとして入ります。
シフトインは社内で制度化されているわけではなく、強制でもありません。ただ「全員でプロダクトを良くしていこう」というカルチャーに後押しされて、ダイニーのみんなが自然と取り組むようになっています。
チームで知見を共有する
シフトインをして気づいたことは、社内のSlackやNotionに共有していきます。それをもとに、プロダクトチームがプロダクトの細かい改善をしたり、新しいサービスの開発をしたりします。
シフトインでメンバーが得た知見は、たとえば下記の画像のように、どんどん共有されていきます。


【実感値】
✔︎ホールスタッフは「席予約システム」をいじる機会が多く、長い。
✔︎キッチン伝票がなくなったらホール業務は崩壊する、あの伝票の情報を基にホールは動いている。
✔︎リピートデータの使いこなしはハードルあり
こうした課題をもとに、たとえば次のような改善策を講じていきます。
✔︎ホールスタッフは「席予約システム」をいじる機会が多く、長い
→ダイニーのレジアプリに「席配置の仕組み」を載せてしまえば良いのでは?
✔︎キッチン伝票がなくなったらホール業務は崩壊する、あの伝票の情報を基にホールは動いている。
→サプライチェーン側のオペレーションで、お店側の伝票が絶対に切れないようなオペレーションを組むべきだ。
……などなど、かなり具体的なネクストアクションに繋げられるわけです。
実際に店内のオペレーションを観察してみると、ヒアリングではわからない細部のニュアンスまで把握することができる。
結果的に、細かいプロダクトの改善や、顧客のニーズにハマった新サービスの開発ができているのです。
「シフトイン」から新サービスが誕生
実際、シフトインをきっかけに新しいサービスが誕生することもあります。
たとえば私たちは「ダイニーAI くん」という、飲食店のスタッフさんが、日報や週報をスマホで閲覧できるサービスを提供しています。
このサービスを作ったのは、シフトインをするなかで「飲食店の店員さんたちは、勤務時間中にパソコンを開くタイミングがない」ことに気づいたからでした。
スタッフさんにヒアリングをすると「日報は休憩時間にパソコンで確認しています」と口では答えてくれます。しかし実際に現場を見てみると、スタッフさんたちは十分な休憩時間が取れておらず、パソコンを開くことはほとんどなかったのです。日報や週報の確認は、店長が退勤後に家で行なっていました。
これは飲食店にとって大きな課題です。
こうした状況を改善すべく、日報や週報をスマホで閲覧できるサービスを作ろうと考えた。
そこで生まれたのが「ダイニーAIくん」でした。
「ダイニーAIくん」のLINEアカウントを店舗のグループに追加してもらえば、日報、週報、月報がスマホに自動で送られてきます。スタッフさんはわざわざパソコンを開かずとも、勤務中や休憩時間にスマホでサクッと日報を確認できるようになったのです。
お店のLINEグループにも入れてもらう
シフトインとは違いますが、ダイニーが現場を観察する手法の1つとして「店舗のLINEグループに入れてもらう」ことも実践しています。
グループでのやりとりを実際に見せてもらうと、飲食店の「大きな課題」に気づくことがあるのです。
たとえば、体調不良で欠勤するときの連絡。
飲食店のバイトをしたことがある人ならわかると思いますが、バイトを欠勤をする人は、どれだけ体調が悪くても「代わりのスタッフ」を自分で探さなければいけません。
高熱でフラフラになりながら「シフト代わってくれる人いませんかー?」とメッセージをしなければいけない……。
これはスタッフさんにとって非常に大きな課題だと、LINEグループを見る中で気づきました。
そこで私たちは「ボタン1つで、自動でヘルプのスタッフを見つけられるサービス」を開発。 欠勤するスタッフがボタンを押すと「◯月◯日の17時〜シフトに入れる人いませんか?」という連絡が、全店舗のLINEグループに自動で送信される仕組みをつくったのです。
さらには、ヘルプに入ってくれたスタッフさんには、自動で「時給が数百円プラス」になる機能もつけました。
スタッフさんはヘルプを見つけるのが楽になり、さらにはお店としても、外部のサービスに頼ることなく、社内でヘルプを賄いやすくなりました。
ちなみに、お店のグループに入っていると、アルバイトの学生から同じく学生だと勘違いされて「忙しいところごめんね。熱出ちゃったからシフト代わってもらえる?」とDMが来ることがあります……笑。
ヒアリングをするより、顧客の話を深く聞ける
「ヒアリングをあまりせずにプロダクトを作る」というと、独りよがりな印象を受けるかもしれませんが、そんなことはありません。
むしろヒアリングという体をとらないことでお客さんの話を「深く聞ける」のです。
「サービスの提供者です。ヒアリングをしに来ました。課題を教えてください」と言ってしまうと、やはりどこかに心理的な壁が生じてしまう。
無意識に現場の人たちは「何かアドバイスをしてあげなきゃ」「この時間を有効にするために、少しでもそれっぽいこと言わなきゃ」という脳みそになってしまいます。
これでは本当の課題は引き出せません。
一方で、シフトインでスタッフさんたちと一緒に体を動かして働いていると、彼らは次第に同じ目線で会話をしてくれるようになります。横並びで「仲間」として接してもらえるようになり、雑談レベルで「最近、こういうことに困っていてさ〜」という悩みを教えてくれるようになるのです。
それが次の解決しなければならない課題のヒントになる。結果的に、ヒアリングという体をとるよりも、自然な形で、本質的な課題が引き出せるのです。
顧客を「デモグラ情報」で語るな
私たちがサービスを提供するうえで肝に銘じていることがあります。
それは、優れたサービスは「統計的なデータ」からは生まれない、ということです。
「東京の3店舗以上経営している飲食店にはこういう傾向があって〜」といったデモグラ情報では、まだまだ解像度が粗い。「〇〇社の〇〇さんの悩みを解決する」というN=1の課題に敏感でいる必要がある。
社内でお客さんのことを「バイネーム」で語るようなカルチャーになっていないと、本質的に課題を解決するサービスは生まれないと思うのです。
そういう意味で、シフトインをすると、お店のスタッフさんたちと自然と親しい関係になっていきます。単なる「サービスの提供者」と「お客さん」という関係ではなく、親しい友人のようになっていく。
すると、単に「売れるサービスを作ろう」ということではなく「店長の〇〇さんの困りごとを解決しよう」というマインドで仕事に取り組めるようになっていきます。手触り感をもって開発に取り組めますし、実際に課題を解決できたときの喜びもひとしおです。
そのくらい近い距離感で顧客と接し、彼らの悩みに向き合い続けることが、優れたプロダクトを作る必須条件だと考えています。
良いプロダクトを作らなければ意味がない
一般的に、飲食業界向けのサービスを作っている会社さんは、どちらかというと「プロダクト開発」よりも「営業」に力を入れているところが多いです。
しかしダイニーの場合はそうではなく、完全に「プロダクト重視」のカルチャーです。
もちろん営業は大事ですが、それ以前に“質の高いプロダクト”を作らなければ意味がない。やはり長期的に使ってもらうことは難しくなると思うのです。
同時に「すごいプロダクトを作りたい!」「新しい機能をつけたい!」といったことをゴールにもしません。どれだけ優れた機能をつけても、ユーザーの役に立たなければ意味がないからです。あくまで「ユーザーを喜ばせたい」という最上位の目的を、常に忘れないようにしています。
顧客の課題解決のためなるようなプロダクトを作り続けることに、徹底的にこだわる。
こうした姿勢がこれまでのダイニーを支えてきましたし、今後も我々の大きな強みであり続けると確信しています。
*
*
ダイニーは絶賛採用強化中です!! PMやエンジニアなど、ご興味のある方はぜひ下記リンクからご応募ください!