見出し画像

6. 空間恐怖症的なオレンジ色の部屋 - 強迫症的なオレンジ色の部屋

強迫症的なオレンジ色の部屋

6. 空間恐怖症的なオレンジ色の部屋

 余白はおそろしくわたしの神経を衰弱させる。
 余白があることは美しくないとおもうようになった。それは均衡がとれていた秩序を撹乱させる。その醜悪の程度は精神へ不和をもたらし、わたしをますます不健康にさせるだろう。美しさとは調和が取れた構造のうちにある。朝顔の花弁を象った細やかな幾何学模様をなおも壁にかきつづけた。

 わたしはあるときから、模様がえがかれていない空間を通ってなにかが部屋のなかへ入りこんでくるのではないかという考えに取り憑かれた。
 余白を埋めつくさなければ、部屋の外から恐怖がやってくる。そいつはわたしの論理を破壊しにやってくるのだ。わたしの記述が完成する前に、あるいは、たとえ完成したとしても、わたしがそれを語るまえに、わたしを無理やりにでも黙らせるか、破滅させるのだ。部屋の外の世界には、最初に言葉にしただれかがつくった牢獄に囚われながらも、虚偽の愛に駆りたてられたり、怠惰な絶望をしたりしながらいきている連中がたくさんいて、盲目なかれらは、わたしが解きあかした真実などは知ろうともせず、盲信している凶悪で強力な信仰でわたしを打ちのめすだろう。
 ああ、わたしは部屋の外が怖い。
 どうにかして、部屋の外側がわたしへ介入してくることを阻止するしかなかった。わたしは部屋中の余白を模様で埋めていった。
 壁だけではなく、床にも、窓にも、家具にも、部屋のすべてに幾何学模様をえがきつづけた。恐怖から逃れるために、部屋の外側を忘れるために。
 部屋中が模様で埋め尽くされ、ついにもう、模様をかくことができる余白はなくなってしまった。
 余白がもうない! 
 部屋の外側からやってくる恐怖はついに消えた。しかし、新たな不安がわたしを襲った。それは、余白を模様で埋めることがもうできないという強烈な不安だ。
 不安を解消するには、わたしは模様をかきつづけなくてはならなかった。そのために余白が必要だ。わたしは模様をかくことで、自らの存在を証明してきたのだ。模様をかくことをやめれば、わたしはまたふたたび、自我の危機に瀕してしまう。模様は、世界の叙事詩であり、論理であり、真実であった。それらを保存しなけらばならない。それがわたしに課せられた使命であったはずだ。使命であらなければならない。
 わたしは混乱し、どうにか余白をうみだそうと、恐怖と不安によって暗澹とした膠状のものに圧迫されたような脳をなんとか働かせた。そして模様を描くための新しい空間を求め、窓を開けた。
 もうながいあいだ締めきっていた窓を、ついに開けたのだった。

 日没の時刻だった。窓の外は、鉛のように重厚なオレンジ色に染まっていた。
 東の遠くにみえる大都市もオレンジ色に染まっていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?