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「これも伝統よ」「伝統って言えば何でも許されると思ってませんかセンパイ」
【伝統】
ある民族・社会・集団の中で、思想・風俗・習慣・様式・技術・しきたりなど、規範的なものとして古くから受け継がれてきた事柄。また、それらを受け伝えること。「歌舞伎の—を守る」「—芸能」
「ラブライブ!蓮ノ空女学院スクールアイドルクラブ」という作品および、舞台となっている蓮ノ空女学院で頻繁に登場する単語、それが「伝統」である。
現在のスクールアイドルクラブの前身である「芸楽部(げいがくぶ)」が発足したのは今から約60年前で、現在の1年生(104期生)の百生吟子の祖母が50年前に在籍していた頃に歌われていた「逆さまの歌」という曲が、長い年月を経て、「Reflection in the mirror」という曲になっているほか、昔から形を変えたり変えなかったりして歌い継がれている「伝統曲」というものがいくつもあるらしい。
金沢という、伝統工芸や伝統芸能が盛んな土地を舞台にしていることから、「伝統」を大きなテーマとしているこの物語。
何しろ前述の百生吟子も金沢の伝統工芸のひとつ、加賀繍(かがぬい)の職人の家系なんだそうな。
http://www.kaganui.or.jp
(加賀繍についてはこちらを参照)
私はこの百生吟子というキャラが好きで推しでもあるが、ちょっと彼女のセリフで気になることがある。
それはステージクリア後のセリフ、
「伝統の力、思い知りましたか」と、
スキルレベルを上げた時のセリフ、
「加賀百万石の誇りを胸に、頑張るから」である。
あんまり言うと金沢の地元の方たちに怒られそうだが、何にしても私が引っかかるのが「伝統の力、加賀百万石の誇りってなんだんねん」というところなのである。
まず、魅力度最下位常連の茨城県出身の私にはいまいちこの「加賀百万石の誇り」がピンと来ない。
私は水戸の出身であるが、別に徳川御三家の土地・徳川光圀ゆかりの土地であることを誇りに思ったことなど特段ないからだ。
もっとも吟子は実際に伝統工芸・加賀繍の職人の家系であり、祖母をはじめ年配の人たちと接する機会が多くその影響や薫陶を受けていて、純粋に郷土愛や伝統へのリスペクトがすこぶる強く、なおかつまだ高校一年生で、厨二的なちょっとイキったニュアンスでこれらのセリフを言っていることも考えられるが。
次に「伝統の力」。
芸楽部からスクールアイドルクラブの現在に至るまでの60年の歴史、変化しながら歌い継がれてきた伝統曲と歴代の部員の魂を思えば確かに「伝統の力」と言えよう。
しかしこの「伝統の力、思い知りましたか」というセリフには、「伝統は強い、正しい、重み、威厳や権威がある」というニュアンスが含まれてるような気がして、心の中の山本小鉄が「危ないですよ!危ないですよ!」と言うのである。
もっともそうは言っても高校生の箱庭の青春の中で常に新陳代謝している中での伝統なら初々しくて清らかで可愛らしくて良いものだろう。青春の系譜の一ページである。
ましてこのセリフが多少引っかかったからといって私は百生吟子というキャラクターが好きなことに変わりはない。
じゃあなんでこんなnote書いてんだよ、というところであるが、それは「伝統」という二文字が権威主義を砂糖で包むための飾りに使われていないかということが最近あったからだ。
ちょっとこの二つのブログ記事をご覧いただきたい。
「日本の伝統芸能はとにかく素晴らしいからお稽古事をしましょう、お稽古事の素晴らしさやお稽古事の教室の宣伝をするデモをしましょう」という、とある浪曲師の方の趣意文・檄文である(今更名前を伏せてどうする)。
私は関東に住んでた頃(今は金沢から電車で1時間以内の所に住んでいる)、落語教室に足掛け13年くらい、講談教室に丸4年、寄席文字教室に1年くらい、相撲甚句の教室に半年くらい通ったことがある。
だが、だからこそ、これらの二つの記事は、あまりにツッコミどころが多過ぎて、私はとても賛同する気にならない。
Twitter見てると結構賛同してる人多いみたいだが、一方で伝統芸能・古典文学などに携わっている教育関係者の方々からは総スカンを喰っているようである。
どうも「長く続いてる伝統芸能だからすごい」「日本の伝統芸能は外国の芸能より優れてるからすごい」「伝統芸能を習うと病気が治る、数値が正常になる」だからお稽古事をしましょう、というようにしか読めない。私の読み方が悪いのか。
にしてもこんな目が見えるようになるとか血液の値が正常になるとか……。
ンなわけあるかい!!
まず一口に伝統芸能といっても色々あって、音楽もあれば話芸もある、楽器を使うものもあればそうでないもの(相撲甚句はアカペラだし)、歴史も成り立ちも違うし、それらをひっくるめて同じ「伝統芸能のお稽古事の効能」と一括りで論じるのは無理があろう。
あと、日本には伝統芸能が溢れているようなことを言う割に、結局東京にいないとそうそう享受出来ないことを認めているような文章で発地点と着地点が違う。
まして下手すると国や地域や身分への差別意識すら感じられる。
ヨーロッパは国同士が地続きで、日本は海に囲まれた島国だからたまたま伝統芸能の様式や展開がそうなっただけで、日本の伝統芸能が外国のそれらより優れている証左にはなるまい。
まあ「年齢身分を超えた友達が出来る」とか「ストレスの発散になる」というのは理解出来るが、それ以外がちょっとあんまりではないか。
またご自身は浪曲をやられていて、その歌唱や発声のおかげで肩こりが治ったかもしれないが、落語や講談はまた別だし、なんなら私はいまだに肩こりがひどい。
落語や講談を習ったところで肩こりは治らない。
むしろ録音の書き起こしなどしてたら目も疲れて肩こりはひどくなるに決まっている。
「伝統芸能」というデカい主語でいい加減なことを言わないでもらいたいし、オタクがよく言う「推しのおかげで肩こりが治った」「女性声優の声を聴くとガンが治る」といったネタツイートみたいなことを、本やCDを色々出してて、演芸ファンの間では知名度のある演者がこんな主張で世間の耳目を集めるようなことをしないでほしい、と思ったのが正直なところ。
これはとりもなおさず、蓮ノ空の二次創作でよくある、「『これも伝統よ』と言っておけば私欲を正当化して後輩をダマせる」ネタや、蓮ノ空声優陣による作品情報番組「リンクラ生放送」内でキャラクターのぬいぐるみ同士をちゅっちゅさせるのを「伝統」と言い張っている一部の出演者(大阪の美術部出身。私の推しです。お話し会行きたかった)の面白発言と同じで、「自分の私欲や主義主張の為に『伝統』という言葉を利用しているだけではないかと。
ただういさま(名前を言ってんじゃねえか)の場合はあくまで面白トークとして言ってるだけだから良いが、今回の、伝統芸能のお稽古事云々を提唱している方はギャグではなくこれで本当に若い人たちや世間一般に訴えようとしている、社会に働きかけようとしているのだから私も困り眉になってしまう。
別に健康に良い趣味や習い事は伝統芸能だけではない、スポーツだってなんだってあるだろうし、「昔から続いてる、みんな嗜んで来たから偉い」のではなく、長く続ける為に先人たちが築き上げてきた技法や慣習が現代にマッチして、それが未来の為になるからこそ偉いのだと私は思う。
件の浪曲師の方も未来の為にやろうとなさってるのだと思うが、にしても、にしてもである。
あんまり個人攻撃みたいなことして炎上しても嫌なのでこの辺にしとくが、何にせよ『伝統』という言葉の意味を色々考えさせられる今日この頃である。