自分のため、そして誰かのため
自分を大切にしよう。自分を大切にできないのに、他の人を大切にはできない。そんなことを聞いたことがある。
ついつい、自分の立場を考え、親であるなら、子供のため。妻であるなら、夫のため、お姉さんなら、弟、妹のため、、、と、とにかく、自分のことはさておき、誰か自分以外の人のために生きようとしてしまう。
そうすることが、自分の幸せ、生きがいだと思っていることがほとんどだ。
でも、それって、長い時間そうすればそうするほど、自分のどこかで、何か違う、本当に自分は人のために生きることが、心底幸せなのだろうか?相手は本当に幸せだと思っているのだろうか。ふと、そんなことを感じるようになる。
確かに、相手が幸せそうに笑っていたりすると、自分も嬉しくなるし、ああ、幸せだなと思うのも確かだ。それでも、次第に、こんなに一生懸命にやっているのに、私には何もしてくれない、などとひがみのような気持ちを抱くようにもなる。見返りを求めるようになるのだ。
よくない。自分がそうしたくて行動していることなのに、相手にも自分がしたようなことを求めるようになるのは、どうなのか。
やっぱりよくない。
そう思うことで、空しくなり、苛立つようになり、相手を不快に思うようになるからだ。自分が大切にされていないと思うようになるのだ。
大切にされない。
誰に?
そう、自分以外の誰かに。
じゃあ、自分はどうなの?自分は何をしているの?自分に対して、何をしてあげてる?どんな言葉をかけているの?
していないのだと思う。自分のことは他の誰かに大切にしてもらうのが、当然のことなのだという、何とも自分勝手な思い、解釈があるようだ。
いいや、それは違う。違うという声を最近よく耳にする。
自分が一番の自分の理解者だと。自分の思いに耳を傾けて、その思いにどう向き合うのか。向き合うことで、自分がどう行動するかが分かるようになる。そして、自分の気持ちを理解すればするほど、自分という存在を受け入れられるようになる。自分はこんなことを感じるんだ、こんなことを思うんだと。新しい発見もたくさんあるだろう。自分の知ってる自分じゃないと思うこともきっとたくさんあると思う。
そして、いい面も悪い面も、情けない面も、すべて知ることで、すべての自分を受け入れることができるようになるのだ。きっと。
そうなると、どんなことがあっても、どんな自分になっても、動じることなく、恥じることなく、自分は自分なのだから、それでいいんだ、と思えるようになる。自分自身を少しずつ認めるようになり、そんな自分を何となく、いいじゃん!と思えるようになる。
今の私が、まさにその、いいじゃん!なのだ。
いいじゃん!と思えると、自分を責めることがなくなってくる。
だって、いいじゃん!だからね。自分を認めてるから。
そんなこんなで、いつの間にか自分のことを愛おしく思えるようになるのだね。きっと。
いいね、そうなると。みんながそうなれば、自分以外の誰かに見返りをもとめることもなくなり、ひがむこともなくなる。
何となく、いい感じじゃん!いい雰囲気になりそうじゃん!
そんな事を最近は思うのです。
皆さんは、いかかですか?どう思われますでしょうか?
本日も、最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。