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紙みたいなものをつくる

子供の頃、牛乳パックから紙を作る体験をしたことはあるだろうか。
牛乳パックを数日間水に漬け込み、柔らかくなったパックを細かくちぎってミキサーにかけドロドロにし、それらをすいて乾燥させ固める。
小学生の自由研究における定番のそれは、紙なんていうありふれた道具をつくるために、ものすごい時間と労力が必要なんだという当たり前だが忘れていた事実を、改めて再認識させてくれる良い題材だと思う。

そもそも二千年以上前の人類は、よくもまあそんな手間暇のかかる代物をつくろうと思ったものだ。
植物をわざわざ面倒くさい方法で何日もかけて加工し、できあがるのがあのペラペラな、一見なんの役にも立たなそうな「紙」なのである。
そんなことより他にやるべきことがありそうな気もするが、それでも「紙」は「羅針盤」「火薬」「印刷技術」に並ぶ中国4大発明として教科書でも必ず取り上げられるほど、人類を次のステージに押し上げるイノベーティブな道具だったのだ。

確かによくよく意識してみると、紙が人類社会に貢献した要素は多い。
手段や思想を後世に残すための書籍も、詳細な出来事を伝達するための手紙も、ルールや約束事を規定する契約書も、すべて紙がなければ実現できなかった。紙があらゆるジャンルにおいて近代的な社会を構築する土台になったと言って過言ではないだろう。
そしてアートの世界もまた、紙の登場によりその表現手法が大きく拡張されたといえる。(*1)

「メディウム」という言葉をご存知だろうか。
直訳すると「媒介」となるが、アート分野では作品を表現するための素材や構成要素の事を指す言葉としてよく用いられる。例えば、先ほど例に出した紙も絵画を描くためのメディウムであるし、木や石は彫刻のためのメディウムとなる。
絵画と彫刻で表現できるものが全く異なるように、どんなメディウムを用いるかが作品の方向性を大いに規定するし、新たなメディウムの登場は表現手法を拡張させもする。つまりアートの発展はメディウムの発展と二人三脚で歩んできたといっても過言ではないだろう。


少し話題を変えよう。
昨今、NFT という言葉が独り歩きしているように感じる。
NFT という言葉を聞いて「なんかアート的なもの?」とか「よくわかんないけどバブルっぽい感じ?」といった印象を持っている方も多いと思う。
また、NFT について知るために検索してみた結果、やれ「唯一性を保証してくれるトークンだ」とか「取引の記録が永続的に残るんだ」とか「非中央集権的な仕組みだ」とか、なんだか難しそうな説明が並んでいるのを目にした方も多いかもしれない。

上記の説明はもちろん NFT の正しい特徴ではある。あるのだが、そういった難しいことを一旦置いておいてかなり乱暴な説明をすれば、NFTというのは単なるデータのやり取りの仕組みにすぎない。
文章だっていいし、URLでも画像でもプログラムコードでもいい。とにかく任意のデータを個人間でやり取りできる、というただそれだけの仕組みなのである。(繰り返し書くが、かなり乱暴な説明ではあるが。)

ではなぜ、そんなものがアート分野でこれだけ注目を集めているのか。
それは NFT が新しいメディウムだからである。(*2)

これまでもコンピュータやそこで動作するプログラムをメディウムとしたアート作品やアートジャンルは存在していた。
ジェネラティブアートと呼ばれるジャンルでは、プログラムコードを記述し、それをコンピュータに実行させることでアートを生成するという試みが行われている。このジェネラティブアートも NFT と融合することで一歩新しい表現が可能となる。

例えば NFT にジェネラティブアートを生成するためのプログラムコードを仕込み、NFT を販売するごとに固有の ID を紐づける。コードは ID をパラメータとしてアートを生成するため、同じ仕組みで購入者ごとに異なった絵柄を作り出すことができる。
この仕組みは Art Blocksfxhash といった NFTプラットフォームですでに実現されているものだ。

また、さらに発展的な取り組みとして、NFTやそのベースとなるスマートコントラクトといった仕組み自体を、いかにハックして作品に取り込めるか試みるアーティストもいる。
例えば、チームラボは「Matter is Void」という NFT作品を発表している。
この作品は誰でもダウンロードし所有することができるが、そこに描かれる内容は作品に紐づく NFT の所有者が自由に書き換えることができる。この仕組みによりアートの所有者や作者といった概念を再定義し、それ自体を作品の価値の核としている。これも NFT というメディウムが登場したことで可能になった表現だ。

もちろん先述したように、NFT はあらゆるデータを扱うことができる。決してアートに特化したメディウムではない。例えば、共同別荘の宿泊会員権(*3)にも、スポーツのファンコミュニティ(*4)にもすでに活用されている仕組みではある。
アート界隈はその歴史的性質上、より新しいメディウムに敏感であるため、アートと NFT の結びつきが目立つという側面はある。だが、分野に限らずこれからも NFT を媒介にした NFT じゃないと扱うことができないプロジェクトがいくつも生まれていくことだろう。

NFT はブロックチェーン技術の応用によってつくられた仕組みなわけで、つまりその出自は至極テクノロジカルなものだ。
技術が道具をつくり、その道具があらゆる人間活動に用いられ、その中から革新的な一歩が踏み出されていく。
技術はそれ単体で何らかの革新を生み出すわけではなく、さまざまな分野で用いられることで初めて革新を生み出す。

まさに紙が起こしたイノベーションのように。

言ってしまえばテクノロジーとは世の中に新しい紙を生み出す営みである。
紙を与えられた子供が嬉々としてペンを走らせるように、誰かの琴線に触れる、プリミティブな道具を生み出していくことが、技術者に求められる役割なのかもしれない。


この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。今回の特集は『検索』。編集チームがテーマに沿って書いたその他の記事は、こちらのマガジンから読むことができます。



*1: 紙によって可能になった表現手法のひとつに版画がある。木版画や銅版画に加え、19世紀に手法が確立されたリトグラフはさまざまな作品に手法として用いられてきた。有名なエドヴァルド・ムンクの「叫び」は実は全5作品からなる連作なのだが、そのうちの一つはこのリトグラフによって制作されている。


*2: 「NFT は新しいメディウムだからアート分野で注目されている」と書いたが、本文中でも注釈しているようにこれはかなり乱暴な説明ではある。
NFTが持つ唯一性の保証という特徴に着目し、デジタルアートの流通手法として NFT を用いているにすぎない場合も往々にしてある。そして、一般における「NFT = バブルっぽい」といったイメージもそういった市場的側面から想起されたものだろう。
本文中では現在の NFTアートシーンの説明のために(あえて乱暴に)そういった側面に触れずに書いていることはご理解いただきたい。


*3: 共同所有型別荘の NOT A HOTEL はその宿泊権を NFT で販売する「NOT A HOTEL NFT」を発行している。


*4: 「Fanz」はスポーツのクラブチームとファンコミュニティを Web3 で繋ぐサービスを展開している。トークンを所持するファンはアンケートを通してクラブチームの運営方針に「口出し」する権利を持ち、ファン主導のクラブチーム運営を行うことが可能になる。


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