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世界を形作る型

「クッキーがたかたのうた」をご存じだろうか。
NHK の番組「ピタゴラスイッチ」内で放送された歌だ。誤植ではなく本当に「型の」が2回続くタイトルとなっている。

内容としてはこうだ。

まず最初にクッキー型からクッキーをたくさんつくる歌、「クッキーがたのうた」が流れる。

引用元:NHK ピタゴラスイッチ 2022年1月15日放送「これはいったい なんの型でしょう? スペシャル」https://www2.nhk.or.jp/school/watch/bangumi/?das_id=D0005260225_00000

その後、以下のようなナレーションが入る。

ところでこのクッキー型、お店に行くと同じ形のものがたくさん売られています。では、このたくさんの同じ型はどうやって作られているのでしょう。
実はクッキー型にも型があったのです。

そこで工場でクッキー型を生産している映像と共に「クッキーがたかたのうた」が流れ始めるのだ。
クッキー型を作るための製造装置があり、ステンレス製の輪っかに金型を押しあてることによって変形させ、クッキー型を次々に生産していく様子が映し出される。

引用元:NHK ピタゴラスイッチ 2022年1月15日放送「これはいったい なんの型でしょう? スペシャル」https://www2.nhk.or.jp/school/watch/bangumi/?das_id=D0005260225_00000

つまり、クッキーを量産するためのクッキー型があるのと同様に、クッキー型を量産するための「クッキー型の型」もあるんだよ、という気づきをあたえてくれる歌というわけだ。
全編は NHK for School のサイトからも見ることができるので、ぜひ聞いていみていただきたい。


我々はモノに囲まれて生きている。
お店に行けば棚いっぱいそこかしこにモノが並んでいて、ついモノというのは自然にそこに存在しているように錯覚してしまう。
だが、あたりまえだが、どんなモノであれそれが自然発生するなんていうことはなく、どこかで生産されて我々の手元に届くわけだし、そこにはモノをつくるための技術というものが必ず存在する。
それを「製造技術」と呼ぶ。(*1)

iPhone や MacBook の筐体が「削り出し」という切削加工技術を用いたことで、アルミの塊から文字通り削り出して、その美しい形状を実現したように (*2)、どのような製造技術を用いるかがそのプロダクトの形状や仕様を決める。

つまり、製造技術の選択によってどんなモノが作れるかが変化するわけで、先端の製造技術が現在世の中でつくられうるプロダクトの限界を決めていると言っても過言ではない。
そういった意味で製造技術の変化に注目することが社会の動向を予見するのに一役買うし、とはいえそんなことよりも製造技術はそれ自体がとても興味深い対象だ。今回はそんな話を書いていきたいと思う。


究極のビンテージテック、鋳造

例えば、「鋳造技術」に着目してみよう。

鋳造とは、熱して液体になった金属を型に注入し、冷やし固めることで複雑な形状の金属パーツを製造する手法だ。
歴史の教科書で、溶けた青銅を型に流し込んで銅鐸どうたくや仏像をつくる記述を見た記憶がある方もいるかもしれない。あの手法がまさに鋳造だ。

 引用元:NPO法人 守山弥生遺跡研究会 「銅鐸の鋳型」https://doutaku.yayoiken.jp/d-igata.html

紀元前3000年頃からあるといわれるこの手法は、まさに究極のビンテージテックと言えるわけだが、現在もその技術は年々進化している。


テスラも導入するハチャメチャなダイカストマシン、ギガプレス

溶かした金属を金型に高圧で注入する「ダイカスト」という鋳造技術がある。
なぜ高圧で注入するかというと、圧力をかけて金型の隅々まで金属を流し込み複雑な形状を実現するためなのだが、高圧で注入するということはつまり、それ以上の強い力で金型を締め付ける必要がある。
金型が大きくなればなるほど、注入に必要な圧力が増し、その結果金型の締め付け力もより多く必要になるため、これまでダイカストは主に小型・中型の金属部品を製造するのに用いられることが多かった。

だが、テスラのギガファクトリーで導入されたことで話題を集めた、IDRAのダイカストマシン「ギガプレス」は、超大型だ。

※ 1:00 あたりに登場する機械がギガプレス。テスラモデルYのリアシャーシを成形しロボットアームで取り出している様子を見ることができる。

※ こちらは 9,000トン級のギガプレスを組み立てている様子。

ギガプレスはその名の通り、6,200トンや 9,000トンといった超高パワーで金型同士を締め付けることで、巨大な金型に対して金属を高圧で注入することを可能にしている。
テスラはこのギガプレスを使うことで、これまで70点ほどの金属部品を組み合わせて作っていた車体後方のシャーシをひとつの鋳造部品で置き換え、工場サイズの30%削減や製造にかかるロボットを300台削減することができたと言われている。
まさに製造のゲームチェンジャーとなるダイカストマシンなのだ。(*3)


砂型鋳造の雄、砂型積層造形

また、型に砂を用いる砂型鋳造の世界にも変化が起きている。

従来の砂型鋳造ではまず木や金属製の主型をつくり、その主型を型に取って砂型をつくり、その砂型に金属を流し込んで成形する、という手順が一般的であった。

引用元:有限会社 金森軽合金 https://kmkc.jp/business/

ところが3Dプリンタの登場で砂型鋳造の世界にも変化が起きた。砂型をそのまま3Dプリントする砂型積層造形が可能になったのだ。
これまでの、主型づくり→砂型づくり、と2つに分かれていた工程が1つに集約されたほか、3Dデータからそのまま直接砂型を成形することが可能になったのだ。

引用元:株式会社 鶴見製作所 テクノロジー:次世代3D砂型積層造形 https://www.tsurumipump.co.jp/corporate/technology/3D-technology.php

特にこの「3Dデータから直接砂型を成形できる」というのは、工程の手間を省いた以上に大きな転換点になるかもしれない。
なぜなら今後の周辺技術の発展によって、完全オンデマンド発注が可能になるポテンシャルを秘めていて、それは業界の常識を覆す可能性があるからだ。


MISUMI meviy が変えた加工部品発注の「アタリマエ」

完全オンデマンド発注が業界の常識を覆した前例を紹介しよう。
MISUMI は、これまで工場に直接発注してやりとりする必要があった板金加工や切削加工などをオンデマンドで完結できるサービス「meviy」を展開している。

これまで工場にそれらの加工部品を発注するには、かなりの手間がかかっていた。
3D CAD で設計したモデルを発注のため平面の図面に起こし直したり、加工機の制約によって製造が難しい場合など何度も工場側担当者とやりとりして図面修正を行ったりなど、発注側・受注側共に、「設計」と「製造」の間の「発注」というやりとり事態に多くの時間と手間をかける必要があったのだ。

ところが meviy ではオンライン上に設計データをアップロードするだけで、シミュレータが製造可否や見積もりを自動的に算出してくれ、また加工用のデータまで自動作成され製造側と連携されるため、発注者はそのまま発注までオンラインで完結できるつくりになっている。
このことで設計担当者が設計修正を行うサイクルを短縮できるようになったほか受注工場側も対応工数を削減することができ、まさに両得となるオンデマンド加工サービスとなっているのだ。(*4)


meviy のような完全オンデマンド発注が鋳造の世界にも登場するためには、シミュレータ技術の向上や製造設備側の自動化などまだまだ周辺技術の発達が必要ではある。だがもし実現した暁には、ただの製造技術の進歩というだけではない受発注の仕組みまで含めたサービス全体の大きな飛躍となるだろう。


製造技術 = 世界を形作る型

いまだに一般的の人がイメージする「製造」は、機械油にまみれて手動の金属加工機を動かすような、半世紀前の姿かもしれない。
モノをつくるための技術 = 製造技術は、まさに世界を形作る「型」である、と乱暴に考えてみると、世界はそんなにも古い型で作り上げられているのかと誤認しそうにもなる。
だが昔ながらの製造技術がそのまま使われているのは、その安定した生産性や精度や安全面で確証があることが望まれる、いわゆる「枯れた技術」だからであって、決して型自体の進化が停滞しているというわけではない。

堅実な業界努力によって少しずつ着実に製造技術の精度は向上して行っているし、最新の技術と組み合わさることでこれまでにない進化が起こったりもする。そういった部分に面白みを感じていたい。
「イノベーション」という言葉が表すような一足飛びで浮足立つような形ではないかもしれないが、水面下でじわじわと世界の型は拡張していっているのである。

この記事は、Dentsu Lab TokyoとBASSDRUMの共同プロジェクト「THE TECHNOLOGY REPORT」の活動の一環として書かれました。今回の特集は『ヴィンテージ・テクノロジー』。編集チームがテーマに沿って書いたその他の記事は、こちらのマガジンから読むことができます。



*1: ちなみにモノを作るための技術には「製造技術」の他に「生産技術」というのもある。混同されがちだが、前者は加工技術等のモノ自体をつくるための技術を指し、後者は生産ラインの構築や生産管理などモノを自動的に作る仕組みのための技術を指す。
製造の現場ではよく前者を「セイギ」、後者を「ナマギ」と呼んで区別したりする。

*2: 「削り出し」はその名の通りコンピュータ制御された切削加工機(CNC加工機)で金属の塊を削り出す手法である。加工精度が高いものの、加工に非常に時間がかかるため、従来は金型製作や機械部品の製作、少量生産の高級製品などで使われることがほとんどで、大量生産品に使われることは少なかった。
Apple は製造ベンダーに大量の CNC加工機を導入させ、加工時間の制約を加工機の物量で乗り切るという力業で実現させたと言われている。

*3: なおトヨタ自動車も今年、2026年に発表予定のEVに「ギガキャスト」技術を採用すると発表した。試作をリョービが受注したという情報もあり国産ギガキャストへの期待が高まっている。

*4: 実は misumi meviy のすごさは単に加工依頼にかかる手間を短縮できたということにとどまらない。例えば、製造可否の結果が瞬時にわかる事で学習プロセスを高速でまわせるため新人設計者への教育に一役買っているという話や、発注のハードルが下がったことによりアマチュア設計者が板金や切削部品の発注をすることが可能になったという話も聞く。
加工技術そのもの自体が変わらずとも周辺技術の発展とそれらが融合したサービスを生み出すことで、製造にかかわるあらゆる構造が変化しうることを示唆してくれる良いサービスだと感じる。


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