首都圏に存在するタワマン約190棟の耐震性能の実数値一覧(2000年度以前版)
1.データについて
1971年~2004年竣工した一部でも住宅用途のタワマンが対象で、
以前の2003年以後竣工一覧記事(※以後、前回一覧と記載)の物件と一部年度が被りますが、前回一覧に載せてた物件は除外しています。
記事の対象物件を正確に分類すると
前回一覧は2000年に規定された告示波を使っていて、かつ現在でも使用されてるような、直下型地震、海溝型地震、ランダム位相の告示波3波で性能評価した物件が対象です。
今回一覧は、告示波規定前の物件か、告示波を使ってはいるが、3波ではなく1波だけ使うなど、現在の基準とは微妙に異なる方法で性能評価した物件が対象です。
タワマンは設計(性能評価)から竣工まで4-5年かかる場合もあり、2004年竣工した物件でも、告示波を設計に取り込めてないか、一部だけ取り込めた物件が存在します。
今回一覧データ件数は首都圏のタワマン190件 + その他の地域タワマン8件 = 198件です。
東京カンテイのタワマンストック数の記事から推測すると
1971年~2004年竣工した首都圏全体のタワマン数は250棟くらいなので、
今回一覧だけの首都圏物件の網羅率は76%、
前回一覧に乗せた2003年・2004年竣工の27件を合わせて217件にすると、
網羅率は約87%です。
データソースは性能評価機関の性能評価シートが殆どを占めていて、
一部で会誌 MENSHIN、会誌 コンクリート工学のものがあります。
一般的には時間が経つほどデータが揃ってない場合が多いのに、前回一覧より今回一覧の網羅率が倍以上高い理由は
2000年度前は日本建築センターだけが性能評価を行っていたので、日本建築センター機関誌「ビルディングレター」を確認すれば大抵の性能評価シートが確認できたからです。
一つの機関では捌き切れなくなったのか、2000年からは日本ERIや日本建築総合試験所のような民間機関でも性能評価を担当することになりました。
それでも2015年あたりまでは、事業主と設計者の了承を得た、複数機関の性能評価シートの一部がビルディングレターに乗ってましたが、どういう理由なのか、どんどん乗らなくなり、
今のビルディングレターでは商業用ビルの性能評価記事が時々乗るくらいで、分譲タワマンのものは残念ながら見えなくなりました。
日本ERIのものは2017年までは以下のページで性能評価シートPDFファイルを誰でも確認できましたが、残念ながら今は全てのファイルがリンク切れになっています。
日本建築総合試験所は以下のページで機関誌「GBRC」を発行していて、今でも時々分譲タワマンの性能評価シートを確認でき、
2024年8月時点では、建築中の2件の首都圏物件のものが確認できます。
話が逸れますが、2件ともに、L2の最大層間変形角:1/102~1/103、最大塑性率:1.95~2.22の制振タワマンで、一般的な設計クライテリアのぎりぎりで設計されており、
別の首都圏以外の2020年以後の免震タワマンの物件でも、L2層間変形角で1/140前後の物件を2件ほど見たので、
最近の建築コスト高騰による、構造コストの削減程度が気になるところです。
2.耐震性能実数値一覧
3.前提補足
■一覧ソート順
一覧のソート順はF列の竣工年度とC列のマンション名の昇順で、
以下の「タワマンの耐震性能の変遷史」の記事で取り上げた耐震性能の変更があった時期で表の図を分けています。
上記記事で書きましたが、
首都圏タワマンは2000年6月の告示波規定から、観測波の標準3波+告示波3波での同じ条件で性能評価をしているので
前回一覧の物件では竣工時期に関係なく、性能評価の結果である層間変形角で耐震性能の比較ができました。
今回一覧の物件は耐震性能に影響があった時期を複数跨いでいて、
設計用入力地震動のの強さが異なったり
設計用入力地震動を観測波の標準3波ではなく、別の地震波を使ったり
していて、基準が揃ってなく耐震性能を単純比較することができないので、
タワマンの耐震性能が時代と共にどう変わったかを確認するために、竣工時期でソートしています。
「タワマンの耐震性能の変遷史」の記事と合わせて確認してください。
■固有情報マスキング
前回一覧と同じく、耐震・制振タワマンの中で平均より性能がいい物件だけを公開するために、L2層間変形角1/123より性能が低いタワマンはB~F列の固有情報をマスキングしています。
ただし、1986年6月以前設計されたタワマンは旧耐震のイメージもあり、耐震性能も凄く低いと勘違いしてる方も多いと思いますので、この時代の物件だけはマスキングなしで全量載せてます。
■コンクリートと鉄筋の最大強度
コンクリートや鉄筋の強度と耐震性能は一覧上で因果関係はないんですが、タワマンの歴史は高強度材料開発の歴史でもあるので、H列にはコンクリートと鉄筋の最大強度を記載していて
首都圏以外の歴史的な物件をいくつか一覧に乗せています。
歴史的な物件の一覧については、以下の記事の最後の一覧を参照してください。
■ブレースを使う物件の構造表記
H列の構造詳細にブレースを使ってる物件は全て制振で表記してます。
建物を強くするための耐震用のブレースと、減衰力を増大させる制振用のブレースがありますが、
性能評価シート内容ではどちらのものか不明で、設置基数も分からない場合が殆どです。
制振デバイスが一基でも設置されていれば、それは制振物件と呼べるのもあり、今回一覧では制振で統一しています。
■今回一覧の設計用入力地震動について
前回一覧の物件でも使用されていた観測波である、標準3波の採用有無をM列~O列で記載しています。
M列のEL CENTROとN列のTAFTは殆どの物件が採用していますが、M列のHACHINOHEは採用してない物件がちらほらあり、
HACHINOHEは2.5秒の固有周期に大きなピークを持つ地震波なので、採用するのが望ましいです。
P列は1956年東京湾北部地震の観測波ですが、小さい地震波なので、採用してなくても耐震性能には殆ど影響はありません。
その他にいろんな観測波・サイト波・模擬地震動を物件別に採用してるので、まとめてQ列に記載しています。
ART WAVEを採用してる物件が10件あります。
ART WAVEは日建設計が独自で作成した地震波で、観測波でカバーできない3秒以上の周期をカバーする地震波です。
以下の応答スペクトルを見ると、告示波より大きく、BCJ波と同等のようですが、いくつかのバージョンがあるようで、性能評価シートで強さを見る限り、今回一覧の強さは告示波 < ART WAVE < BCJ波 くらいと思います。
臨海波を採用してる物件が3件あります。
臨海波は臨海副都心の軟弱な埋立地に建設される超高層建物のための地震波で、以下の応答スペクトルを見ると、2秒周期まではBCJ波と同等、3秒周期では告示波と同等、4秒以後周期では告示波より小さい地震波です。
ART WAVEも臨海波も2000年度以前に設計された超高層建物で使用されてたもので、告示波が規定されてからは使われなくなってます。
■耐震補強
今回一覧と前回一覧も同様ですが、性能評価の後、耐震補強をした場合は考慮されておりません。
ただ、官公庁などの一部で行われているのは長周期地震動に対する検討くらいで、超高層建物は旧耐震物件に対する耐震改修促進法の対象ではないので、耐震補強をしてる物件は分譲タワマンでは殆ど見られません。
4.内容説明
■表:首都圏タワマン耐震性能一覧No.1(1986年6月以前に設計された物件)
No.1~5は軒高が60m以下の物件で、現在の超高層の基準である高さ60m以下の物件ですが、
新耐震改正の記事で書いたように、1981年前には高さ45m以上の物件は性能評価の対象でした。
U列の備考には性能評価のL2地震波の強さが現在使用される強さである50kine(500gal)と比べて、小さいか大きい場合は数値を記載しています。
初期の物件は現在と比べると随分小さい地震波を使用していますが、
これは当時の地震記録の最大加速度がEL CENTROの326galだったためで、今から見れば地震記録が足りてなかった時代です。
性能比較のために、阪神大震災の時に震度6~7地域にあった、今でも存在するタワマンを3棟(No4, 7, 10)載せています。
関西は阪神大震災が起きる前は油断していて、首都圏の80%程度の強さで性能評価をしていました。
今まで発生した地震で超高層建物が受けた最大の被害として
No.10の芦屋浜シーサイドタウン 芦屋浜高層住宅が有名です。
L2層間変形角は性能評価シートに記載されてませんが、L1の結果から推測すると1/100以内はぎりぎり満たしていて、L2塑性率は1.33の物件です。
以下の阪神大震災の鉄骨造建物被害報告書のの82~83ページから当時の状況が確認できますが、
中破以上だけ纏めると以下の被害を受けています。
RC造で大破と言うと鉄筋むき出しの座屈が思い浮かび、仮にRC造タワマンが大破した場合は建て替えした方が早い気がしますが、
芦屋浜高層住宅は鉄骨造で、座屈は発生してなく、柱に部分的に破断が発生し、修繕可能範囲だったようです。
超高層だけでなく高層~超高層の多棟型の鉄骨造物件なので、現在のRC造タワマンと差はありますが、
という事実は、耐震性能の一つの判断基準になります。
今後、首都直下地震が阪神大震災のレベルで来たとしても、
現在の50kineで性能評価をした物件が中破以上の被害を受ける可能性は、ないとは断言できませんが低いでしょう。
NO.12のアークタワーズは森ビルが手掛けた再開発物件で、現在と比べると耐震性能が高い物件ではないんですが、
1983年に性能評価受けた物件ながら、1986年6月のL1で25kine、L2で50kineの性能評価方針をを先取りして採用した設計はさすがというべきでしょうか。
他の物件も1986年6月以後設計からは、L1で25kine、L2で50kineを採用することとなり、この方針は現在でも使われています。
■表:首都圏タワマン耐震性能一覧No.2(1986年6月以後~2000年の告示波規定前に設計された物件1)
この年度の物件からL2層間変形角が1/100を満たしてない物件があり、そういう物件は備考にL2塑性率を記載してますが、
L2塑性率が2を超えてなければ許容範囲と言えます。
No.31の1992年竣工の鴨川グランドタワーは超高層RC造初の制振物件で、ハニカムダンパー(鋼材系)が使用されてます。
1990年に性能評価を受けた物件で、会誌コンクリート工学から工事記録を確認できます。
興味深いのは、通常、制振物件といえば耐震物件に制振デバイスを追加して耐震性をより高めたものをイメージしますが、
超高層RC造初の制振物件は耐震性向上より柱と梁をコンパクト化して、すっきりした居住空間を実現したいことが第1要望であったように
上記記録に記載されてることです。
この物件は海辺のリゾートホテルで眺望とすっきりした居住空間が重要視され、阪神大震災の前の物件なので、耐震性はその次だったでしょう。
もちろん超高層があまりない時代の、制振という初の技術を使った物件なので、大量の制振デバイスが設置されており、
現在の基準でも設計クライテリアを満足する物件のように見えます。
一部の医療施設や官公庁物件(No.54, 94)では通常より2割増しの地震波、かつART WAVEのような告示波より大きい地震波で性能評価を受けてる物件があります。
■表:首都圏タワマン耐震性能一覧No.3(1986年6月以後~2000年の告示波規定前に設計された物件2)
No.162の2001年竣工の三の丸グランキャッスルタワーは超高層RC造初の免震物件す。
1998年に性能評価を受けた物件で、模擬地震動はL3のかなり厳しめの地震波を使っており、現在のJSCA性能設計基準でも免震特級の性能かと思います。
超高層RC造初の免震ということで、余裕度を持って設計されており、
超高層にしては低い21階建ての階数(軒高は64m)も、変形を抑えるためのプラス要因になったでしょう。
■表:首都圏タワマン耐震性能一覧No.4(2000年の告示波規定前後に設計された物件)
ここから告示波採用物件が登場し、本一覧では3件(No.172, 189, 194)ありますが、3件共にL2層間変形角1/100以内を満たしておりません。
うち1件(No.172)はL2塑性率も2を超えており、層間変形角と塑性率の両方で一般的な設計クライテリアを満たしてない物件は今回一覧でこの1件のみで、構造よりデザインに力を入れた物件です。
他にも観測波は使わないで模擬地震動だけ使った物件もいくつかいて、
告示波規定を設計に取り込もうと苦労した様子が伺えます。
No.181の2002年竣工の東京ツインパークスは供用年数200年を目標に設計され構造にコストをかけていて、制振タワマンで上位の耐震性能を持つ物件です。
ただ、この物件は固有周期4秒程度なので、性能評価に臨海波ではなく告示波を入力すると今回一覧の数値よりは多少低い性能になると思います。
会誌コンクリート工学から工事記録と耐震性能が確認できます。
No.195の2003年竣工の六本木ヒルズレジデンスは告示波より大きい地震波であるART WAVEを採用していて、L2層間変形角は1/129~1/137ですが、
L2塑性率は0.92~0.96でかなり小さ目です。
今回一覧でART WAVEを採用した10件の中で、六本木ヒルズレジデンスを除外した9件の耐震性能平均は
L2層間変形角は1/99、L2塑性率は1.89なので、かなり性能差があります。
制振タワマンの制振デバイスの設置パターンとして、
鋼材系ダンパーを下層階から層間変形が大きい中層階まで設置するパターンが一番コスパがいいのでよく見られるパターンですが
六本木ヒルズレジデンスのように、粘性系やオイルダンパーを下層階から高層階まで数百基レベルでびっしり設置したタワマンを建てる事業主は
首都圏では森ビルくらいです。
森ビルが建てた免制震ハイブリッドタワマンを見てみたいですが、今後首都圏で予想されている南海トラフ地震、首都直下地震、相模トラフ地震は
今の制振タワマンでも十分対応できるレベルなので、見る機会はないのかもしれません。
5.結論
今回と前回のデータ散布図を並べてみました。
L2の耐震性能数値平均を纏めると、以下のようになります。
前回一覧では耐震・制振タワマンの8割がL2層間変形角1/100~1/125の範囲に偏ってました。
タワマンは商品であり、目に見えない構造にコストをかけても、なかなか回収できるものではないので、
構造には必要最低限のコストをかけて、目に見えて・受けのいいところによりコストをかけるのは理にかなってます。
今回一覧では耐震・制振タワマンの5割がL2層間変形角1/100~1/125の範囲で、前回一覧と比べると幅広い範囲にになっていますが、
今回一覧の物件は採用してる設計用入力地震動の強さや種類、表層地盤増幅率の検討有無など、
比較するための基準が揃ってなく、ばらつきがあります。
前回一覧の方で2000年度以前設計物件を除外した理由が基準が揃わないからだったので、今回一覧のデータ散布図は参考程度にしてください。
今回一覧に告示波を一律入力して基準を揃えたすると、L2層間変形角はどうなりそうかを推測で話しますと
まず観測波は周期3秒以後が小さいので、
周期3秒を超える物件 = 大抵30階建てを超える物件は観測波ではなく告示波で最大応答を示します。
周期3秒以内の物件 = 大抵30階建て以下の物件は観測波と告示波のどっちが建物に厳しくなりそうかは物件によって様々ですが、
前回一覧では30階建て以下の物件全体で40%が観測波、残りの60%は告示波で最大応答を示しており、
全体データの階数割合は、30階建て以下は56%、30階建て超は44%でした。
今回一覧全体データの階数割合は、30階建て以下は70%、30階建て超は30%で、前回一覧に比べると観測波で最大応答を示しそうな物件が多めなので、
今回一覧に告示波を一律入力すれば、マイルドな形で前回一覧に近づく傾向になるのではと思います。
6.この記事のタワマン一覧
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