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「危なかった」釣り体験記 6
危険なことはよそうと思っていたのに…
石廊崎沖へは何度かゴムボートで出たことがあるが、強烈なうねりの中に巻き込まれたことがある。
家一軒ほどの大きな波の中で木の葉のようなゴムボートがまさに飲み込まれてしまいそうな状況に陥った事があった。
その日は出航する前から、低気圧の影響で時折強い雨に見舞われていた。
ただ湾の中はあまり波もなく、なんとか釣りになりそうだった。
「たとえ雨に降られたってゴムボート沈むことがないから大丈夫だよ」
こんなお気楽な会話をしながら沖へでた。
内湾と外洋を仕切る防波堤を越えた途端、五・六メートルもの大波にはまってしまった。
それでも私たちは沖へ向かった。
あの東京湾横断以来の無言の合意がリーダーと私の間に成立してしまったのである。
沖へ向かうほど波が高くなる。
七メートルもある小山のような波の頂点に乗り上げたかと思えば、途端に波の底へと落ち込む。
それの繰り返しである。
テレビのドキュメントが好きで私はよく見るのだが、今私たちが遭遇しているこんな場面は見たことがない。
恐らく東京湾の外の荒天が湾内の石廊崎付近に影響を及ぼしているのだろう。
一メートル五十センチ程のゴムボートにはあまりに過酷な自然条件だった。
ようやく三キロ沖の辺りで引き返す選択をした。
しかし、その選択は「東京湾横断」の愚行同様すこし遅かったようだ。
雨や波を被ったせいなのだろう。エンジンが止まってしまった。
それは漁船などが嵐の中で遭難した以上の状況に陥ったことを意味する。
大波の中で浮き沈みしながらリーダーが何十回もエンジンのロープを引く。
交替しながらその作業を繰り返す。
掛からないのだ。
さいわい今は風はほとんど無い。
もし少しでも強い風が吹き出せば、波頭が砕けてゴムボートは確実に転覆する。
焦った。プラグを拭く。キャブレターを外して掃除をする。
リーダーは車好きでA級ライセンスを取得している。エンジンには詳しい。しかしそれが役立つのも地面の上での話である。
一向にエンジンは息を吹き返さない。
彼がエンジンを調整している間、ご飯を盛るしゃもじのように小さなヘラの付いたオールで岸へ向けて漕いでみたが、それがいかに愚かな行為なのかを悟りすぐやめた。
それからも何度となく交替しながら二人でエンジンのロープを引き続けた。
ようやく小気味良いエンジン音が唸った。
たった一馬力のエンジンの再生が私たちにどれだけ明るい希望を呼び起こしたか、時おり吹き付ける雨で雨具を持たない私たちの体は冷えきってしまった。
なるべく近くの海岸へボートを向けた。
だが、ゴムボートのスピードはエンジン全開でも人間でいえば駈け足程度。
少しでも今の危険な状況から早く脱出したい。
リーダーが言う。
「二人が並んでゴムボートの後ろのエンジンの近くに座れば、スクリューが沈み込んでスピードを上げられる筈だ」
舳先にいる私が船尾へ移動した。
それは不適切な指令だった。
ゴムボートが波の谷底から頂点に乗り上がった時、船尾に重心の移ったゴムボートはほぼ直立に立ち上がった。
ひっくり返る寸前にあわてて舳先へ駆け上がって転覆は免れた。
リーダーの「不適切 」は今に始まったことではないので、腹を立てるより危機を脱した安堵感に浸っていた。
もしゴムボートが転覆してしまっては、私たちは助かる事はない。
どんな泳ぎの達人でも、たとえ救命胴衣を着けていたにしても(実はその時、二人とも身に着けていなかった。だが、本来は着用すべきものである)荒い波の沖の海へ投げ出されてしまえば死を待つしかないのだ。
どうやらやっとの思いで私たちは近くの浜にゴムボートを着けることができた。
早速、絶壁の下の小さなほら穴の中で流木を集めて火を焚き、体を暖めて着ているものを乾かした。
二人はその時どんな言葉を交わしただろう。
忘れてしまった。
ただ生身の体で自然の大きさ・恐ろしさを実感しただけで十分だった。
言葉で何かを語るなど無意味だった。
・ ・ ・
それ以降、私の記憶ではこんな愚行はしなかったと思う。
ただ、しばらくして彼が念願だった海のレジャー関係の会社に就職したまでは良かったのだが、その彼が大きくスポーツ新聞に載った。
もちろん事件を起こしてのことである。彼はまだ懲りていなかったのだ。
事もあろうに大型のレジャーボートを操縦してエンジン火災を起こしてしまったのだ。
モクモクと煙を吹き出しながら海上保安庁の船に曳航されていくレジャーボートが大きなカラー写真で写っていた。
二日ばかり海上保安庁内で事情聴取を受けたらしい。
当時タイミング良くというか、悪くというか、自衛隊の潜水艦『なだしお号』と釣り船が衝突して多数の犠牲者が出た事件があったばかりだった。
せっかく入った会社はクビになったが、彼を慕うレジャーボート会社の客の一人が自分の仕事場に彼を雇い入れる事になった。
彼は彼なりにこだわり続けていた。
あの小さなゴムボートはこの時の火災で燃えてしまった。思い出のゴムボート…
事故の時の事を彼に聞いたことがあったが、全く話してくれなかった。
やはり何か無理をしたことは間違いないだろう。
あの時を乗り越えて生きていて良かったと、今は思う… 続く。