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阿笠博士の駐車場

 時折「あれはなんだったんだろう」という不思議な出来事に出会う。長く生きているせいかもしれないが、先日も説明がつかないことがあった。
 電車通勤で、かつては読書をすることが多かったのだが、最近は老眼が進んでいるため細かい字が辛くなり、車窓から季節ごとに彩りを変える風景をぼんやりと眺めることが多くなった。毎日のことなので昨日と今日の景色の大枠が変わるわけではない。通常は昨日あったものが今日もそこにあり、変化があるとしても徐々に進む。

 一週間ほど前、いつも通り移りゆく風景を見ていると、建物と建物の間にある小さな駐車場に黄色い車が一台止まっていた。鮮やかな色彩に思わず目が止まったのだが、その車の奥にある駐車場フェンスに「阿笠」とプレートが掲げてあった。月極駐車場の占有者を表す表示なのだが、このプレートと黄色い車がツボにはまって吹き出しそうになった。漫画やアニメの愛好者ならお気づきの方もあると思うが、青山剛昌先生の作品に「名探偵コナン」という作品がある。何十年にも亘る超人気作品で、その中の主要キャストに「阿笠博士」という科学者がいる。その人の乗る愛車が黄色のビートルなのだ。
 偶然か、それとも”狙って”のギャグか分からなかったが、面白いと思ったので、職場の休憩時間に早速話題にした。
「〇〇駅を過ぎたところで、2、3台程度の小さな月極駐車場があったんだけど、そこのプレートが『阿笠』で、車が黄色だったんだよ。きっと、狙ってるよね。」
「隣のプレートが『江戸川』だったりして。」
「じゃ、明日確認しておくよ。『江戸川』だったらホント笑っちゃうよね。」
などと、聞いていた同僚等も、面白がってくれてひとしきり笑った。

 翌日、同じ電車に乗って〇〇駅に到着したあたりから期待で心臓が高鳴り、今日の話題のためにもしっかりと見極めなければと沿道を凝視した。
 が、しかし、である。〇〇駅を過ぎても、記憶にある「小さな駐車場」が一向に見当たらない。駅の記憶が間違っていたのかもと次の駅を過ぎても、ドアの窓に貼り付くようにして見つめるのだが、そんな駐車場は見当たらないのだ。
 そうか、見逃したのかもしれないと、翌日もその翌日も”捜索範囲”を広げた上で確認してみたのだが、車もプレートも、何よりそういった小さな駐車場自体がないのだ。あれは何だったのだろう…。

 今でも気になって〇〇駅が近づくと気をつけて見ているのだが、相変わらず見つけることができない。狐に摘まれたようだ。ぼんやりとして何かを見間違ったのか? その割には記憶は明確なのだ。背中に冷たいものがあたったようで気味が悪い。同僚は「見間違いでは」と笑うし、家人は「パラレルワールドに行ったのよ」とふざける。
 ちなみに、ネットに「名字由来net」というサイトがあるのだが、そこでの『阿笠』姓を検索したところ、全国順位や人数が表示されず、登録されていないとのことである。

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