変えられない過去と変えられる未来【自己紹介#2】
こんにちは🏡
今回も私のnoteに足をお運びいただきありがとうございます!みなさんの人生の貴重なお時間を頂戴していると思うと、こんな私のためにだれが興味持つねん…みんな優しすぎか…とただただ嬉しい気持ちでいっぱいです🥹💘
さてさて、前回の投稿では、
今オランダにいるんですよ〜
大学生してるんですよ〜
20歳くらいまでの経歴はこんな感じですよ〜
とざっくり書かせていただきました。
なぜ私が栄養健康やウェルネス、エシカル、サステイナビリティといった分野に興味を持ったのかは、過去の経験による影響が大きいです。今回はその過去: 摂食障害(拒食症)についてお話しさせていただきます。
その前に…
今回の記事はかなりセンシティブな内容になりますので、不快に思われた段階が訪れましたら、そっとページを閉じてくださいね😌あくまで私個人の体験になりますので、心無いコメントなどはお控え願いますようよろしくお願いいたします。逆に(?)応援や共感のメッセージなど、支えになる言葉をかけてくださると嬉しいです🪄
クラシックバレエを始めたばかりの無垢な自分
わたしは、小学4年生になる4月に千葉県に引っ越し、すぐに習い事を始めました。クラシックバレエです🩰物心ついた時からバレエへの憧れはあったのですが、それまではなかなか始める機会がありませんでした。新しい環境に移ったと同時に両親に習い事は何をしたいかと聞かれ、バレエかピアノ!と答えたのを覚えています。引っ越す前の場所ではバレエでもピアノでもない習い事ばかりしていたのに…です。😅
2012年4月16日。バレエのお教室の体験に行った日のこと、今でも覚えています。ピンクの床にピカピカの鏡。ピンクのシューズにヒラヒラスカートを履いて、リズミカルなディズニー音楽に合わせて先生の真似っこをします。バーが設置されているのは大きな窓の目の前。そこからは広い公園が望めてとっても開放的。すぐに先生とスタジオの雰囲気が気に入って、その場で即入会申し込みをし、翌日から毎日のようにスタジオに通う日々が始まりました。
学校を除けば、家にいる時間よりもスタジオにいる時間の方が長く、母よりも先生といる時間の方が長く、学校の友達と遊ぶよりもバレエの友達といるほうを好みました。それほど私にとってバレエが、いやあのバレエスタジオがなくてはならない存在だったのです。
成長とともに変化し始めた、バレエとの付き合い方
人間は学年が大きくなるにつれて、思考も生体機能も成熟していきます。ただただ踊るのが好きだったバレエが、次第に「発表会でいい役をもらうため」「先生の求める姿や理想に近づけるため」「周りにすごいと言ってもらうため」に変化していきました。
そして高2のとき、バレエの先生から、次の年に行われる発表会で主役を演じて欲しいとの嬉しいオファーがありました🥲それはもう、主役だなんてバレエを始めた時からの夢のまた夢でしたから、先生に抱きつくほど嬉しかったのを覚えています。しかし同時に、厳しい減量を求められ、1年後の高3の10月でせめて50kg、願わくば46kgが理想だからねと言われました。ずっと師事してきて、尊敬する先生にそんなことを言われたら、逆らえるはずがありません。負けず嫌いで完璧主義な性格の私は、食事制限を始めました。
当時は161cm58kg筋肉太りしやすく、甘いもの脂っこいものが大好きで、お世辞にも痩せているとは言えない体型でした。甘いものをやめ、脂っこいものをやめ、炭水化物をやめ、お肉をやめ。野菜も、芋やかぼちゃ、大根などの芋・根菜はだめ。頼れるものは豆腐と葉野菜のみ。ドレッシングも敵でした。
制限すれば制限するほど、みるみる体重が落ちていく。細かくカロリー計算しては、総カロリーが前日よりも小さくなるように心がけ、体重を計っては少しでも折れ線グラフが下に向くようにする。ゲームをクリアしていくかのように、ダイエットに依存していきました。もう完全に拒食症に陥っていたのです。
踊り切ったオーロラ姫、抜け出せなくなったオーロラ姫
迎えた発表会本番、本当に46kgのオーロラ姫になっていました。本番当日に口にできたものはきゅうりと水のみ。周りからも「痩せたね」「頑張ったね」と褒められ、達成感を味わいました。急激な体重変化による体力低下ももちろんのことながらあり、なんとかギリギリの範囲内で踊り切れたという感じでした。一緒に踊ってくださった王子様役のプロダンサーの方には、公演終了後、「ちゃんと食べていいんだからね」と声をかけられました。彼は回転技のたびに私のウエストを持ったり、大きな技の時は私のことを持ち上げたり(振り回したり?)するので、1番私の体型変化に気づきやすかったと思います。
そのまま直ぐに大学受験に取り組んだため、自分の食生活など見直す暇もないまま受験に全集中を持っていき、第1志望の大学に合格しました。高校卒業の時期はコロナパンデミックの始まりです。描いていたキャンパスライフは全てオンライン授業になり、自宅で1人でパソコン画面とにらめっこ。家で座ってるだけだからカロリーも消費していないし、お腹も空かないし… そう言い訳をして、家で1人なのを良いことに、豆腐ときゅうり生活を継続させていました。もう、痩せる必要なんかないのに…。
食事もままならない。
やりたかったはずのフランス語も、オンラインばかりで大学に籍を置いている意味がわからない。
末っ子気質で寂しがり屋なはずなのに家でずっとひとりぼっち。
全てが私を悪い方向にむかわせ、うつ状態になっていきました。1番低いときで、大学2年の夏、32kg(2022年)。笑うことも減り、自分の夢は何かも忘れ、家族と毎日喧嘩をします。
「笑うとシワが寄るからキモイ」
「まほにぶつかると、骨しかない体だから痛い」「骸骨女」
「血管浮き出ている」
「人を不快にさせる」
「一緒の空間に居たくない」
「こんなにも他人を嫌ったのことない」
「関わらないで」
お互い仲良しで愉快な喋り声で溢れかえっていた家に、これらの言葉が飛び交うようになりました。
申請していた交換留学も、低体重が理由で大学からの許可が降りず、渡航は叶いませんでした。
治したくても治せない。
普通に家族と食卓を囲めない。
駅のホームに立っていると、今線路に飛び込んでさえしまえば... 家のマンションのベランダから飛び降りれば... 料理している時も、この包丁を自分に刺してしまえば... そんなことばかり考えていました。
自分が家族の寿命を縮めているし、疫病神なことは間違いありませんでした。家族の幸せがかなわないのなら、消えてなくなりたい。毎日そう思っていたのです。
あとがき
生きる希望を完全に見失い、どん底に落ちていた私を救ったのは、やはり「外国文化」「太陽と自然」「手作り料理」のこの3つだったのです。
次回の投稿では、私が再び前を向くようになったお話を踏まえつつ、現在の学びややりたいこと、今の私を形作る価値観についてお話しします。おそらく次回が自己紹介投稿最終回!感動の結末をお見逃しなく🙈💖
あっそれから!
バレエのことも、バレエの先生も、バレエのスタジオも、今もとっても大好きです🩰💡
家族とも仲良しで、毎日連絡取り合ってますのでご安心を😌