犬との暮らし 2
”まのいいりょうし”を屋号に掲げる私たちは 常々”まのいい暮らし”について考えている。
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季節を味わう感動を与えてくれる犬の散歩。
だが、困ったことにセバは散歩中によく脱走するのだ。
近頃は大人になってきて、セバも無茶はしなくなったが、3歳くらいまではしょっちゅう逃げ出していた。なかなか学習能力があり、首輪を抜くコツや、人がリードを離しがちな角度や、対応しにくい強さなどを解った上で、ガードレール下への潜り込みダッシュなどをかましてくる。
一番感心するのは、不意をついてくる所だ。
呑気に空を見ていたり、考え事をしていたり、ちょっとスマホを開いたり、などとセバに意識が行ってない時に脱走を図るのだ。
何度か逃げられているうちに、犬にはこちらの気持ちがけっこうはっきり分かっているのではないかと気付いた。
逃げられた後に、捕まえよう!としてると捕まえられないが、「ま、そのうち帰ってくるし自由に走り回って。」と思ってると、自ら満足気に帰ってきたりする。
逃すものか、と気を張っているときは、逃げようとしない。こちらも脱走を防ぐ術を考察して身構えているので、脱走は失敗に終わる事をどうやら分かっている。
犬は、人が抱く様々な感情、例えば、嬉しい・楽しい・悲しい・淋しい・怒ってる などは、確実に察していると思う。ドッグセラピーというものの効果を見ると、さらにもっと深く色々分かってそうだ。
犬は人間と同じ言葉を持っていない。それでもこちらの心情を汲み取っているということは(少なくともそう感じる)、相手の心情を感じるために、言葉はいらないということなのかもしれない。言葉ではなく、もっと別の何かを感じ取って、犬たちは察知しているのかもしれない。
きっと、そういう察知能力は、大昔は人にもしっかりあった能力なんだろうな。現代では言葉に頼りすぎていて、そういう能力が退化したのかも。さらには、人同士の感情だけに限らず、花鳥風月の感じ方が、わたしたち現代人とは比べ物にならなさそう。今、私たちが感知してるものって、すごくすごく僅かで、ひと握りの世界なんだろうなあ。
と、太古の先輩方の見ていたであろう世界を想像してロマンに浸ってたりすると、もれなくセバに脱走されるのだった。