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(29)メンフィスへの〝ハネムーン〟ーーchinko to america by mano

 翌週末、オレとダニエラはメンフィスへ小旅行に出かけた。
 ダニエラと知り合ってから、まだ10日ほどしか経っていない。にもかかわらず、オレたちはものすごい速さで親密になり、心も体も深く通わせていた。果たしてオレは、ダニエラのどんなところに惹かれたのか。正直なところ、それさえも冷静に考える時間がないほどのスピードで彼女の虜になっている。 
 
 元々、人を好きになるのに理屈など必要ないのだと思う。好きになってしまったあと、人はあれこれと理由を作り、整合性を付けようとするのだ。オレとダニエラは、会ってすぐにお互いが好きになり、今こうして一緒にいる。それがすべてだった。

 メンフィスまでは約2時間でたどり着く。そこまで行ってしまえば、知っている人に会う可能性はほぼなくなる。オレたちはそんな環境を求めていた。
 初めてセックスをした日から、ダニエラは毎日オレのアパートにやって来る。会えばすぐに相手の体を求め、一緒にシャワーを浴びてから図書館に通う日々が続いている。だが、さすがにこんな生活を1週間も続けていると、周囲の人たちから好奇の視線が注がれ始めた。
 英語学校のクラスメートたちは、ダニエラが既婚者であることを知っている。それなのに、なぜ夫でもない男といつも一緒にいるのか……。誰もが抱く疑問だった。
 
 周りのことなどすでに何も見えていないオレは、誰が何を言おうとお構いなしだった。
「ダニエラが好きでたまらない」
 その気持ちがすべての思考回路を支配している。ダニエラにとっても同じだろう。オレはそう勝手に思い込んでいた。しかし実際は違っていた。オレには直接言わなかったが、ダニエラは周りの視線を気にしていた。
 
 少し考えてみれば、わかることだった。オレとの関係を肯定的に受け取る人はほとんどおらず、留学中に夫を裏切る悪い女としてダニエラを見る人もいたに違いない。だが、ダニエラはそんな話を一切しなかった。それをいいことに、オレは彼女が与えてくれる快楽ばかりを求めていた。

「ここじゃないどこかに行きたい」
 ダニエラがこう伝えてきたのは、きっとつらかったせいだろう。別にオレと旅行がしたかったわけじゃない。しかしオレは、ダニエラの心の奥にまで目を向けることはできなかった。
 不安を抱えながらも、一緒にいれば何もかもが消えていくのか、助手席に座るダニエラは終始、楽しそうに見えた。
 
 市街地を抜けると、車はミシシッピ川に向かって南下する。あたり一帯は綿花畑だ。
 ブルガリアでの子ども時代、ウクライナでの学生生活、さらにコロンビアでの結婚生活など、これまでのオレの人生とはまったく接点のなかった話を聞きながら、さっきからずっと、それでもダニエラに出会い、惹かれていいった不思議な巡り合わせについて考えている。
 どうして彼女がまだウクライナの大学生だったときに巡り合えなかったのか……。
 なぜ彼女が結婚する前に出会えなかったのか……。
 どうして今、巡り合うことになったのか……。
 これからどうなっていくのか……。
 いくら考えても、答えは出てこない。

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