すず花
みんな同じように ワチャワチャして だけど未熟で、可愛らしい,時々悪い顔をして ワガママ言ったり、泣き出したり そんなココは私の職場でした そんな子たちの真ん中に居させてもらって 良くも悪くも引っ張る立場で ワガママも泣き虫も失敗もお付き合いして いろんな人に出会う事ができた だから 私にとっては骨は折れるけど安定の場所 よく言えばある程度自分が先頭に立てば いいわけで 悪く言えば矢面に立てる人間でいればいいので わかりやすい立ち位置 だけど それは「安定」だけど「挑
とてもとても久しぶりの note 私にとって書くことは生きてくうえでの バロメータだと最近知った そんな大事なnoteを離れたのは 大きな転換期を迎えて 大きなさよなら 大きな環境の変化 自分で選んだ部分もあったけど 動かざる得ない状況であった事もあり 蓋して生きてた感情に向き合う そんな半年だった 体が動かなくなるまで ストレスで肌がボロボロになってしまうまで 体が悲鳴を上げようが やるしかないって 私 1人なんだものって 私は1人で大事なものを守らなくては いけな
転職すると、 どんな感じの良い面接の方だとしても 感じのいいって思えた会社であっても 配属された瞬間の、四面楚歌、よそもの扱いには 慣れない そんな思いしないように、私自身は 新しいさん達に接しているつもりだが もともと、人見知りの私だ うまくできてるとは考えにくい それでも同じように人見知りの彼は スッと、私の緊張をほぐすかのように 話しかけてきた事を今も覚えてるし 彼も事あるごとにその時の事を話す きっと彼も緊張していたんだと それでも、慣れない環境で心細そうにして
父が突然亡くなった あまりに突然の事で家族みんなまだ受け止められない とても優しい人だった 口数が少なく あからさまに優しい言葉をかけたりできず それでいて、時々とっておきの言葉を 伝えてくれた お酒が大好きで いつもお酒で失敗しちゃう人 優しすぎて、そんな優しさを利用される事も しばしば 代わりに腹が立つ事も 「もういいよ」と笑って言ってた そんなところが似てるのか 私も時々そんな目にあう でも父の優しさをわかってくれる大勢の人も いると言う事を 通夜の席で知る事ができた
新しい年が始まり また忙しい日々が始まる 気だるい、そしてどうしても 「行きたくない」 気持ちが私の中にいっぱいになる こんな時は 「今年のあなたの運勢は?」とか 見て心を落ち着かせる 人のエッセイとかも見て みんな同じなんだなと ホントはこんな風に書く仕事がしたかった こういう仕事はきっと才能とか必要なんだろうとはなから諦めていた だけど昔から書く事だけは訓練されていた 訓練というと語弊があるかもしれないが 母が何かと子どもが応募できる 作文やらのコンテストに応募
「荒削りでも新しいことに取り組んで 前に進んで行く人」 「あなたのような人をアーリーアダプターって 言うんですよ」って 褒めてくれるんだと思う ありがたいって思う でも同時に違和感も感じる そんな前向きじゃない どうしていいかわからず 不安でどうしようもなく 恐怖でいっぱいで もう誰かがどんな風に思おうが 誰かにどんな風に言われようが 仕方ない 諦めと不安の中で 進めるしかなかった事 たぶん そんな風に見えてはないんだろうなって そんな前向きなチャレンジ精神なん
人生の半ば これから仕事もプライベートも どんな事が起こるのかな? そんなワクワクを超えてしまった後 一生懸命生きる そんな意味を今失いつつある 悲観的なわけでない 愛しい息子が 絶望感から立ち直る、 そんな姿を目の当たりにして この子がしっかり今一歩踏み出すまではと 踏ん張ってきたのだ 嬉しい気持ちでいっぱいだ この子がもう一度自分の人生を歩むまでは 近くそんな日がやってくる 確定ではないけど その日が来るまではどうか何があっても 生きさせてほしいって願い続け
転職して今 それなりの役職 それなり(いや以下の収入)🤣 今もある意味切磋琢磨 でも、 私がいた場所 今も思い出すと苦しい 切ない 懐かしい いろんな思いでいっぱいだ 人生で一番頑張った場所 そして逃げ出した場所 大好きな場所 大好きな人がいた場所 今改めて もうないんだなあって😊 改めて思った 「私達最強メンバー」って言ってた その中に自分がいて それがどんなに誇らしく思えたか それが私の自信 そして ひとつづつ積み上げた武器 今もうその場所がなくてもさ みんなの
いよいよ 共通テストまで2ヶ月ちょっとになった わかっていたけど 「間に合わない」って焦ったり悩んだり 不安に苛まれたり ただ見守るしかないのだ 本当はここまでよくやったよって思う 充分だよって だけど本人は違う 「合格」が絶対だから 4月の時点でおそらく中学1年生レベルだった学力 中学1年生で学力が止まってる 学校への恐怖を取り除き 大人への先生への不信感を取り除き 学校に行けない自分と向き合い 周りに置いてかれる恐怖と戦い それでも自分は価値があり大切なこの世にたった
ワクチンを接種した よく聞く副反応は 私には起こらなかった 午前に接種し午後から出勤 仕事が終わった後は習い事に 翌日は半日仕事があり 結果私は全てこなした もちろん副反応の事を考え 仕事の段取りし、習い事の講師にも 欠席の可能性がある事を伝えていた 同じように接種した友人に言われたのだ 「絶対副反応が出る。発熱する。 仕事なんて来れるわけない。習い事で 体を動かすなんてもっての他 絶対無理」 と もちろん心配してくれての事だと うんうんと聞いていたのだけど 接種が近づ
妬み僻みは誰にでもある でも以外とそれは幻だったりする SNSやInstagramから 放たれるキラキラオーラ 力や癒しをもらう時もあれば 心が健やかでなかったり 今自分が置かれてる状況に 不満や不安があると それは妬み僻みの対象となる でもそうじゃない 辛いからこそ 人は輝きを増そうとするんだ 虚しかったり、悲しかったり 寂しかったり そこから這い上がる為、輝きを増すのだ その人の本当に辛い部分を知らずに 妬んだり、僻んだり おめでたいなって きっとそんな気持ち
本当に心が苦しくなった時に 出会ったカウンセラーさん 私は彼女に 「絶対こんな風になりたくなかった」 「絶対こんな事自分がするとは思わなかった」と 「絶対」を連呼してたようだ カウンセラーさんは言った 「人生に「絶対」はないのかもしれませんね」 「以外と絶対しないと思ってる事を人はやって しまうもんですよ」と 「絶対」はないんだなと 何が起きるかはわからない 自分自身の事だってわからないんだと そんな風に思ってた そんな時受験生の息子が 「絶対、後期で合格しないから」と
息子は、勉強が嫌いだった(笑) 大人は知っている ある程度の学歴を 持って社会に出た方が選択肢が増える事 説いても彼には届かなかった(笑) でも、勉強始めた 大切な犬が皮膚炎になって 痒そうにし、このまま掻き潰すと 良くない事 それだけはわかってるのに 何もしてあげあられない 痒みを軽減することもできない こんなに心配してるのに (心配しすぎて自身は全身蕁麻疹に!) 彼にとって一緒に過ごして 彼が思い悩む時にいつだって そばにいた存在だ どうすれば大切な犬を助けてあげれる
不幸でいる事って誰もが嫌だと思う でも苦労した事は認めて欲しいと欲求は 消えない でもこれって大変だった 辛かったの証では?と思うんだけど 人間って勝手だなと 苦労した事はいつまでも認めて欲しいのに 人が元気に楽しいそうにしてるのは 妬ましく、大変な事も前向きに 捉える人には僻みすら発生させる 幸せになりたいの? 不幸でいたいの? 幸せそうにしてる人は 幸せそうにしているだけで 不幸だった事を表に出さない 辛かった事は乗り越えたから 今の幸せを満喫して感謝して 生きて
昔から 「もう限界だ」と 思った時、ふと空を見上げると そこに虹がかかっていた 誰かが「大丈夫だよ」って励ましてくれてる ように思えた 毎日が地獄のようだった時も 裏切られて、それでも大事なものを 1人で守っていかなきゃいけない不安な時も 情にほだされて、自分の弱さを目の当たりにし 自分自身を呪った時も 虹が目の前に広がった きっと誰かが応援してくれてて この虹を見せてくれているんだと 全てを受け入れて、自由に生きていくこと 自分を大切にする事 私が笑顔でいれば大事
今日は私の友達 今の若い人は、どうなのかな? 友達は多い方がいいのかな みんながみんなそうではないのだろうけど 唯一無二の親友が私には1人いる 幼なじみとも呼ぶべき友達 毎日会わなくも時々会いたくなる たまにしか会わないのに すごいケンカする時もある 友達はたくさんできるもんじゃないよ 何十年も生きてて思う その時その時の自分に必要な友達ができて 時間が経てば、疎遠になってしまう でも友達だった思い出があるから大丈夫 私を作る一部だった大切な人達 そんな中で何十年も続き親