貴種流離譚としての轟洋介の物語論
こんにちは。鬼邪高のオタクです。性懲りもなく轟洋介の物語について語ります。
『影の現象学』という心理分析の一つとして語った前回に対し、今回は物語論として語ります。ツイッターで何度か語ったことがあったのですが、それのまとめみたいなものです。
まず、『貴種流離譚』とは何か、から。
wikipediaから引っ張ると……
貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)とは、物語の類型の一種であり、折口学の用語の一つ。若い神や英雄が他郷をさまよいながら試練を克服した結果、尊い存在となるとする説話の一類型。貴種漂流譚(きしゅひょうりゅうたん)とも。折口信夫が一連の「日本文学の発生」をめぐる論考のなかで、日本における物語文学(小説)の原型として論じた概念である。その説くところは時期によって細部が異なるが、基本的には「幼神の流浪」をその中核に据える。折口は『丹後風土記逸文』の竹野郡奈具社の由来を引きつつ、天上の存在が地上(人間界)に下って、試練や流離の果てに再び天上の存在になる一定の筋があることを研究し、貴種流離譚の概念を確立した。
とのこと。
まあ、簡単に言うと、幼い神や身分高く若い主人公が、トラブル(事故とか暗殺未遂とか親に疎まれるとか理由は色々)によって生まれ故郷を離れて放浪を続け、動物の援助や本人の知恵や貴種としての特殊能力、財宝の発見などによって、試練を克服して英雄となったり尊い地位につくという、物語の一つのパターンですね。放浪の間、身分を隠している、もしくは本人も自分の身分を知らないことがほとんどです。
ヤマトタケルの物語や、竹取物語のかぐや姫、物語として楽しまれる源義経の物語なんかもその一つです。桃太郎もそうかも。あれは生まれがハッキリしませんが。
海外作品だと、西遊記の悟空とかがこれの一つかなと思います。天界の貴種が素行の悪さで『落とされ』、試練(高僧をその能力で助けること)を経て最終的に赦される。
轟洋介の物語がこの、貴種流離譚だなぁ、と思ったのは、ザワを観た時にあまりにこのパターンにハマりすぎていたからです。
轟洋介・・・流された貴種(王子)
元の世界・・・SWORDの【O】である鬼邪高(オリジナル)
流された世界・・・WORSTとのコラボ時空である鬼邪高'(ダッシュ)
辻芝・・・オリジナルの世界からお供としてついてきた従者(類型では試練を手助けしてくれる動物の立ち位置)
楓士雄ほか、コラボキャラたち・・・流された世界の住人たち
もちろん、轟をコラボ時空に『落とした』のは元の世界の『王』である村山良樹です。ハッキリ、落とすシーン(チェストー!)まで描かれているので分かりやすいですね。
貴種と言いながら、元々、轟は外部からのチャレンジャーでした。でも、鬼邪高キングダムはそういう王国です。血の継承ではなく力の継承。現王村山もSWORD外からの流れ者であり、流れ者が集まる場所として成立しているのが鬼邪高だからです。『力』こそが全て。力によって王位継承権を得る王国ですが、それでもそれで『良き王』になれるわけではない。村山良樹がコブラとのタイマンでそれに気付き、轟とのタイマンで覚醒したように、継承権を得た轟にも覚醒の試練が必要です。
コンテナ街抗争を経て鬼邪高キング村山の後継者として王国民(定時の男たち)に実力を認められていたはずの轟洋介でしたが、村山は覚醒していない轟に王位を継がせることはありませんでした。
「そういうとこだよ、お前のダメなところ」
現王を倒すことしか考えず、民のことをかえりみない王様などダメだ、そういうことです。まぁ、もっともなことですね。王子に最初から国を統治する気がないことを除けば……
ここがちょっとややこしいんですが、この段階で王位継承権を持つ轟洋介に鬼邪高を『継承』する気が実は微塵もない、というのがこの国の問題なんですよね。
轟は村山に勝ちたい、認められたい、強くなりたいという欲求はかなり強くあって、力が全ての鬼邪高王国の王になる資格があるんですが、統治には興味がなくて、鬼邪高にいる間はずっと村山の隣で戦いたいと思ってるんですよ。
多分、彼がなりたかったのは『王子』ではなく『将軍』だったんじゃないでしょうか。拳一つで己の境遇を変えてきた轟にとって、そうやって鍛えた武を認められたい、頼りにされたいという欲求が強いのは分かります。定時の兄ちゃんたちにそうやって頼りにされたことが彼の承認欲求を満たしてくれたのは想像に難くありません。(それまで同年代は彼を恐れるだけだったでしょうし)
でも、頼りにはされたくても、王様になって他人の面倒を見たいわけではない。いつまでも先頭を走って敵を薙ぎ倒して武を振るっていたい。轟洋介は王子様である前にとんでもない暴走機関車(?)だったのです。
■下界落ち
しかし、轟を後継者にしたい村山はそれを許しません。王とは何かを諭して聞かせても、その気のない轟にはなかなか届かない。とうとう、両者の話し合いは決裂。タイマンにより、村山は轟を天界から下界に落とします。
とはいえ、SWORD時空(鬼邪高)とコラボ時空(鬼邪高')は地続きなので、天界に簡単には戻ってこれないようにする必要がありました。それが轟の眼帯です。
片眼を封じて「治るまで喧嘩禁止」というタブーを与えることで、轟はSWORDの戦いには参戦出来なくなり、同時に王様への挑戦権を失います。
コラボ時空という、SWORDのとんでもバトル時空(人間を入院させようと思ったら黒塗りの車で轢くしかない超人たちの世界)から高校生のヤンキー時空へ『降りて』行かせる為には片眼を封じて轟の戦闘力を落とすしかなかったのです。
『降りる』といえば、ザワにおける轟一派と楓士雄一派の初会合シーンが良かったですねぇ。文字通り天上から(差し込む光が雲間の光そっくり!)ゆっくりと降りてくる轟一派。轟は自分を流離させた村山への恨み節のような重苦しいテーマソングを背負って登場します。視界を奪われてなお、楓士雄より格上であることを示すハイキック。後に『整理券』と称されるこれを受け止めることで楓士雄は轟への挑戦権を勝ち取ります。(かなりダメージは食らったみたいですがね……)
また、彼が力を封印されたとしても、彼のそばにはSWORD世界からお目付け役としてついてきてくれている辻と芝マンがいます。SWORDの大人たちとの戦いではほとんど活躍が描かれていなかった彼らも、相手が同じ子供であれば話は別です。元々、子供の世界(全日)ではTOPにいた二人は、相手が子供であれば十分に轟の盾となり、力を封印された彼を護ることが出来ます。屋上で、轟に挑戦しようとする楓士雄に対して「俺たちだけで十分だ」と出張ってくるの、良かったですね。逆に、轟はこの時、辻芝に護られなければいけないほどの弱体化をくらっていた、とも考えられます。
■楓士雄との出会いによる異世界へのチューニング
本来、この眼帯=力の制限は、轟が異世界(コラボ世界)にいる間はずっとデバフとしてかかるはずでした。貴種流離譚で言えば、試練をクリアーして呪いが解ける(悟空の輪っかが外れる)ことに当たります。村山の「視野を広げて人の上に立つ者の心得を学ぶ」という課題をクリアーしなければ外れないはずでした。
ところが、楓士雄との出会いで条件が緩和されます。
轟は村山が「アイツはお前にないもの持ってるかもな」と示唆したことで楓士雄に対する興味を持ちます。聞く耳を持った、視界に入れることを許容したことにより、それならば、と轟が楓士雄と両目で向き合うことが出来るように眼帯が外されたのです。
勿論、ここでこれ幸いと力を解放して暴れてしまうと意味がありません。轟は楓士雄と向き合い、話しをし、彼に力を貸すことを了承することで、WORST世界とのチューニングが行われました。
ファンタジー系SWORDのチート能力を使わずに、リアル系不良漫画レベルにデチューンすることで、この世界の登場人物として振る舞う手段を手に入れることに成功しました。多分、楓士雄との対話が出来ていなかったら、チューニングも行われず、眼帯も外れず、轟はずっと、力を封印された状態で試練(鳳仙戦や牙斗螺戦)に参加することすら出来なかったでしょう。
■試練
ヘラクレスの十二の試練、ではありませんが、轟にも試練が課せられます。
大変なのは、その試練には轟一人のパワーで乗り越えてはいけない、という『縛り』があったことです。村山は仲間の大切さを轟に身をもって学んで欲しかったので、たとえ鳳仙や牙斗螺との戦いに勝ったとしても、轟が一人で無双して勝ったのでは意味がありません。轟はあくまで、楓士雄たち他の全日生徒たちのサポート役に徹する必要がありました。
「お前はダチを探せ」の台詞で鳳仙と情報の共有を行う、投石に対する反撃のきっかけを与える、楓士雄が先に進む為の露払いをしてやる、楓士雄と佐智雄とのタイマンでも見届け人として後方に控える。轟はザワ時空ではずっと、仲間のサポートを続けました。
仲間の大切さを知った轟。仲間と一緒に笑い合う楽しさを覚えた轟。やれやれ、これで安心して自分は鬼邪高を卒業出来るな、と晴々と卒業して行く村山。
ここに鬼邪高の王位は継承されることになった。めでたしめでたし。
とは行かなかったんですよねー。残念ながら。
■王位を放棄した王子
元々、轟が王位自体には興味が無かったのは最初にも書いた通り。村山に認められたい、その為に彼をタイマンで倒して王位から引きずり下ろしてやりたい、という気持ちはあったものの、その後に自分が座る、とまでは考えていませんでした。王位にはなりたい奴が座ればいい。多分そう思っていたのでしょう。
ところが、貴種流離譚は、流された王子が試練を乗り越えて「帰還」して戴冠することで完結します。かぐや姫は月に帰らなければ物語は終わらないのです。
轟が、鬼邪高のアタマには楓士雄がなればいい、と達観してしまったことと、王子の罪を「赦す」立場にいるはずの王様(村山)が去ってしまったせいで、轟はSWORDに帰れなくなってしまいました。
コラボ世界にチューニングされて力を制限されたままの轟ですが、力を完全に失ったわけではないので、生命の危機やチューニングがうっかりSWORD世界に合ってしまった時(ガラス瓶で頭を殴られた時、コンテナ街とカチっと合ってしまったのではないかと……)なんかにはSWORDパワーが復活したりするのですが。辻芝もいますし、それなりに楽しく暮らしてはいるようですが、轟がいくら村山の王位は楓士雄が継げばいいと思っていたとしても、楓士雄はSWORD世界の人間ではないので、【O】の王位には座れないと思うんですよね。王様不在で本当にいいのか?
その答えは、HiGH&LOWの本家が動くまでは私たちには分かりません。
完結しない貴種流離譚、それが今の所、HiGH&LOWのドラマシリーズから続く鬼邪高の物語、なのかもしれません。