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高専という選択 我が家の場合

 得意科目が文系に偏り、理数系科目が壊滅的だったために国立大学というわけにはいかず(県立大学には共通一次試験で数学12点でも受かったけど)私立大学の文学部で国語国文学を学んだ私。
 その私の長男は、小学生の頃から理科が好きだったし、算数にも抵抗感はなかった。しかし、文系科目には興味が薄かった。
 転勤族で、県外への転校を余儀なくされたのは、中学校2年生の11月だった。県外どころか、地方さえも違う遠隔地への転勤だった。引越しの際、午前中に荷物搬出だが引越し先への荷物搬入は翌日になる。
 今はどうなっているか知らないが、平成10年代後半は、中学生で他の都道府県に転校することは、高校入試の際に転校前の内申書は役に立たないということを意味した。成績を判断する為の尺度として使えないということらしかった。
 また、都道府県が違えば教科書も異なる。教科書が違えば科目毎の履修の順番も(その学年をトータルで考えれば同じことを学ぶにしても)違うし履修の進度も同じではないので、 習っていない空白地帯 が生じうる。
 当時は、居住地に根ざした学習を大切にする方針によってか、『◯◯県の歴史』という副読本もあった。
 県によって、3学期制か2学期制かの違いもあり、定期試験の回数もこれは学校毎の裁量によっても違った。
 そのような中で、新しい生活や人間関係を構築しつつ、高校進学に向けた情報収集や対策の手を打っていく必要がある。中2の2学期の期末試験の直前に転校し、期末試験では一定程度の成績をおさめる必要があった。中学生ともなれば、新入りへのイジりもある。ひと通りそれをかわしていなして、集団のなかでそれなりの存在感を示して居場所を確保していく。緊張を強いられる毎日となる。


 引越して10日後、私の母方の祖母が亡くなった。
 なぜ今このタイミングなのかと私は祖母に抗議したかった。どうして邪魔するの と、問い詰めたかった。私の弟は、私の置かれた状況を知りながら、「でも(祖母の葬式に出席するために中2と小5の子の学校を休ませて片道7時間かかる郷里に連れて行くか、2人を見知らぬ転任地に置いて私だけが家を空けるかしなければ)仕方ないよ」というメールを寄越した。ぎりぎりの精神状態で受信したそのメールには打ちひしがれた。
 支えになったのは、10日前に別れてきた友人からのメールだった。彼女は、偶然私と同郷で、田舎の価値観や雰囲気を理解したうえでメールをくれた。
「決めたら、揺れてはダメ。あなたが揺れると、その揺れにつれて周りも揺れて、そこをつついてくるから。これは本当よ」
と。
 私は、祖母に不義理をしても動かないことにした。期末試験の初日なのだ。私だけが不義理なのではない。祖母だとて、世を去るにあたって私を酷な目に遭わせた。お互い様だ。祖母のせいではないなら私のせいでもない。

 余談だが、このすぐ後、祖母の四十九日の法事に際して、弟は、妻が妊娠したことがわかったから自分は帰れないと言ってきた。弟が妊娠したわけではない。妊娠したのは弟の妻だ。人間なんてこんなものだ。

 年度が変わって長男は中3になった。
 学年の初めには、毎度おなじみPTAの役員選出がある。長男の中学は、名簿回覧方式だった。県庁所在地なのに『よそ者』という言葉が生きて使われているその地では、 知っている人の名前を選ぶわけにはいかない という、暗黙のルールがあった。その結果、私は3年1組のPTA役員ということになった。働いている親の為にと、PTA役員の会合は夜、子ども達だけ家に置いて開かれた(埼玉県…だったか?の議員たちよ、これが実態なのだよ)。学級の役員の中から学年委員長を決めるのだそうだ。会合を仕切る本部役員は、「3年1組の役員の人にしましょう」と言い出した。 大概にしていただきたい!私は、転勤で来たばかりで地縁も血縁もなく、名簿回覧で「知った人間の名前を選ぶわけにはいかない」という理由で役員にされた。このうえ学年委員長など、受けるわけにはいかないとはっきり主張した。 本部役員の返事は、
「でも、それは仕方がないですよ?」
だった。いったい何が仕方がないというのだ。ちなみにこの地に伝わる民話には、人柱が必要なときにたまたま通りかかった身寄りのない旅人に頼み込んで人柱になってもらい、その後はあつくその旅人の菩提を弔ったという身も蓋もない内容のものがある(地方新聞に掲載されていた)。
3年の学級役員に、ひとりだけ父親が来ていた。私の硬い表情と態度もあってか、本部役員が数人がかりでその父親に交渉し、学年委員長は周りを囲まれて困り果てたその人が引き受けてくれた。

 3年生になり、志望校の目標を定める必要があった。 理系が大好きで、好きだから得点源で、だから尚更好きになっていく長男。転校したばかりの2年生のうちは彼の目は、普通高校のSSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校に向いているようだった。私の方は、転勤前の中学校の説明会で知った国立高専にずっと気持ちを惹かれていた。どちらかといえば文系科目に足を引っ張られがちな我が子(私にとっての数学ほど極端ではないが)。理科と数学だけみっちりやらせてみたい。国立大学なら学費は一律だが、私立大学の理系学部の学費は非常に高額になる。高校ではなく、高専で、大学2年相当の20歳までの5年間を、理系特化で思いきりやらせてみたい。

 3年生になって、初夏の頃だったか、長男が言った。
「国立高専って、どう思う?」
と。
 中2で転校を余儀なくされた彼は、高校に入ってまた転勤があったら…と恐れていた。そんなとき、部活の友達の兄が国立高専生と知った。その家庭は、父親が国家公務員で、数年毎に全国各地への転勤があった。兄は高専で寮に入り、環境を変えることなく学生生活を送っているという。まして、好きな理系が思いきり学べる。

 長男と私、2人で、国立高専について情報収集を始めた。国立高専の単年度の間学費は、高校に比べれば高額だ。しかし、国立高専5年間のトータルの学費と、公立高校3年間+国立大学2年までの学費のトータルを比べれば、国立高専5年間の学費の方に軍配が上がる。そして、公立高校は文部科学省の中等教育局、国立高専は大学と同じく文部科学省の高等教育局が管轄。高等教育局管轄だから、高専1年生から大学教員と同じレベルの研究者による講義を受けることになる。ちなみに、私立高校は文部科学省の管轄ではないことも知った。総務省だったか…(記憶が定かでない)。
 3+4<5
という言葉がある。
高校3年間+大学4年間よりも、高専5年間の方がたくさんの科学実験をし、多くのカリキュラムをこなす、ということらしく、圧縮され中身の濃い5年間だという。
 高専5年生の夏には、大学3年次編入試験を受けることができ、卒業後の大学3年生への編入学の道も開かれている(センター入試を経由しないで大学に入るということになる)。卒業後、2年の専攻科(その高専に設置されていれば)に進む子もいる。


 しかし、資料を参照すると、入学時の人数(各学科の定員数)とその年度の卒業生の人数に10人前後の差がある。毎年。
 どうやら、定期試験ごとに入試を繰り返すような心構えが必要らしい。留年生や、中退者がある程度いる。同じ学年を1回留年することはできるが、2回留年はできない。単純計算で最長10年在籍できるとはいっても、同じ学年は2回まで。卒業時は、入学時の同期で留年・退学しなかった子と、留年で新たに途中から同期になった子を合わせて、それでも入学時の定員人数を下回る。14〜15歳での進路選択だから、途中で、
「やりたいことはこの分野ではなかった…!」
と、進路変更することもあるらしく。
 寮生活も、馴染めれば良いが、馴染めるという未来に向けての保証は誰にもできない。退寮する学生もいるという。
 ………なんでもそうだが、都合のいいことばかりではない。万人に合う進路はない。

 幸い、中学校の担任は理科・技術科が専門で、よく相談にのってくれた。調べるうち、行きたい分野の学科が隣県の高専にあることがわかり、夏休みにオープンキャンパスに連れて行ったのをはじめとして、説明会のたびに母子で参加して、志望校として固まっていった。

 入学試験は、公立高校の入試とは違うので、塾の模擬試験の志望校欄に書いても評価判定不能となり、目安がない。ただ、公立高校の入試とは違うので、中学校からの内申書の影響もあまり気にする必要がなかった。対策は、過去5年分の過去問題集を買って何周も解いて、間違えた問題を解き直す。併せて、居住地の公立高校の受験対策もする。

 結果として、推薦入試で不合格だったが一般入試で第1志望の学科に合格した。5年間寮にお世話になり、5年生の夏に国立大学3年次編入試験を受けて卒業後編入し、大学卒業後は就職している。
 彼が高専2年のときに、我が家はまた夫の転勤で引越した。当時中2だった次男を連れて。長男は、寮のおかげで、転勤の影響を被らずにすんだ。次男はというと、理系文系で興味の差はなく、ただ、小5と中2での県外への転校に疲れ切り、落ち着いて日常生活を送りたいと、自宅からいちばん近くの県立高校普通科に進学し、卒業後は医療系専門学校を出てリハビリ系専門職に就いている。


 さまざまな進路があるが、高専については『知る人ぞ知る』存在らしく(いや、『全くその存在を知らない人がたまにいる』ということか)、高専が近くにない市町村で「工業高等専門学校」と言っても、「工業高校ですね?」と言い直されることがあると聞くので、記事にしてみた。

 私自身は文系思考で、数学が苦手だが(これもいい加減克服しなければ。文系を掘り下げるには理系思考が使えることが必要だし、なにより日常生活で理系思考や理系知識は必要だし)、高専の雰囲気が好きだ。

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