とくさの笛
新しい街
日盛りに 言葉を探しに出る
荷ほどきも済まないうちにって
おばあちゃんの呆れ笑いが聞こえる
みつけた
おばあちゃんの好きそうな
言葉の城
ことば
陽射しのように
雨のように
降り注ぐように
浸み込むように
湧き出るように
溢れ出すように
迸るように
埋め尽くすように
ことば
だって
荷ほどきは一緒にする予定だったのに
おばあちゃん いなくなっちゃったから
おばあちゃん 元気にしてるかな
無事に天国に着いたかな
あたらしい住処はまだなじみがなくて
おばあちゃんがいる気がしない
でも ここでなら
おばあちゃんに会えるかも
お店の中は静かで
時々往来を行く車の音が聞こえるだけ
だけど僕の胸は
遠くの遠くの声を聞く
座ってみる
開いてみる
ここにいる
でも遠くにいってる
全部の音が消えている
だけど僕の胸は
三つ向こうの通りの
工事中のビルの音も聞く
信号待ちの会話も聞く
店の前を歩いている高校生の話声
ショッピングモールの洋服屋さん
アイスクリームのカウンター
三歳児検診
動物病院の受付
――昨日、先輩がね
――いらっしゃいませこんにちはー
――通りの向こうの、新しい
――パン屋さん!
――どうされましたか?
――ええか? いくぞー。
せーの! よいよい!
せーの! よいよい!
――変な掛け声
――リズムが大事
――あの、すみません
――でね、そのとき、「だれか」じゃだめなんだって。「あなた」って一人 を指名しなきゃいけないんだって。でないと
――ここなんですけどー
――ぃやこれ、めっちゃ美味しい!
――あの時ちゃんと言ってればって……
――ああ! ありがとう
――お名前は?
――じみにです。じみに・くりけっと
――だけどやっぱり私……
――今日はお食事抜いて来られてますか?
――ピスタチオとヘーゼルアーモンド。
――信じれんー!
――葉っぱがね、光ってて。濡れた葉っぱの上のお日様が、すごくきれい で。ああ、生きてていいんだなって、思ったんだ
僕は戻ってくる
普通の世界の
音が押し寄せる
世界は音に満ちている
日は少し傾いている
言葉も そこにいる
なぜだか 僕は思い出す
小さい時
ピアノが習えなかった僕に
おばあちゃんが古いタイプライターをくれて
何ででも音楽はできるよって
それから
庭の木賊(とくさ)で
パンフルートを作ってくれた
草だからすぐに乾いて割れたけど
すぐにまた新しいのを作ってくれた
三つめからは自分で作った
世界は音に満ちている
世界はことばに満ちている
おばあちゃん
僕は音楽みたいな言葉を紡ぎたい
作ってくれた笛みたいな
優しい小さな言葉を紡ぎたい
それがいいよって
おばあちゃんが言ってくれた気がした
さっきは気付かなかったのに
お店にはタイプライターがあって
葉っぱをつけた枝が一本、のっかってた
おばあちゃん
もう天国についたかな
ごめんね
最期の時は手を握ってって約束したのに
どんなに頼んでも
病室に入れて貰えなかったから
でも
もう一つの約束は絶対守るよ
本を読みながら
ポテトチップス食べたりしない
どんなにそれが
好きなことの二段重ねでも
ありがとう
また来るね
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