錦織選手 カムバック
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錦織圭選手のオーストラリアオープンでの2回戦突破、本当に嬉しいニュースですね!6年ぶりのカムバック、しかも怪我からの復帰という道のりを考えると、その努力と精神力にはただただ敬服するばかりです。30歳を超えてもなお、高みを目指し挑戦し続ける姿は、多くの人に勇気を与えていることでしょう。
テニスは私にとっても特別な思い入れのあるスポーツです。今から50年ほど前、日本はまさにジュニアテニスブームの真っ只中でした。私自身も高校時代からテニスを始め、社会人になってからも地元のテニスクラブに入り、週末はテニスを楽しむのが恒例となっていました。そのクラブではジュニアの育成にも力を入れており、当時小学4年生だった娘も強化チームに入ることになったのです。
娘は、全日本レベルには惜しくも届きませんでしたが、神奈川県大会や関東大会ではかなり優秀な成績を収め、将来を嘱望されていました。子供のテニスですから、試合への付き添いや送迎、応援など、すべて親がかりです。特に母親は、毎日のお弁当作りに加え、各地で開催されるジュニアトーナメントに娘を連れて、文字通り東奔西走していました。今思えば、本当に大変だったと思いますが、娘の夢を応援する一心だったのでしょう。
当時のジュニア選手の中からは、後に日本を代表する選手たちが数多く輩出されました。松岡修造さん、太田茂さん、伊達公子さん、杉山愛さんなど、今でもテニス界で活躍する名前を聞くと、当時のことを鮮明に思い出します。
中でも特に印象に残っているのは、娘が高校2年生の時に札幌で行われたインターハイです。ちょうどお盆の時期に開催されたのですが、天候が非常に悪く、信じられないほど寒かったのです。お盆といえば、まだ夏の盛り、あるいは後半という時期ですが、札幌は異常な寒さで、なんとホカロンを用意したことを今でもはっきりと覚えています。想像してみてください。真夏の大会でホカロンですよ!それほど寒かったのです。娘の高校は決勝まで勝ち進み、あの伊達公子さんがいた園田学園と対戦しました。結果は園田学園が優勝しましたが、娘たちの健闘も素晴らしかったです。
このような経験は、娘の社会人としての生活に大きな影響を与えていると思います。目標に向かって努力すること、困難に立ち向かうこと、そして、勝つことへの強い意志。テニスを通して培われた闘争心は、社会に出た後も、彼女を支える大きな力となっているようです。
テニス以外の道を選んでいたら、娘はどうなっていただろうか…と、時々、反省も込めて考えることがあります。しかし、テニスを通して得た経験は、他の何にも代えがたい、娘にとって貴重な財産となっていることは間違いありません。スポーツを通して心身ともに鍛えられ、精神的に大きく成長できたことは、娘にとってかけがえのない経験だったと思います。
最後に、錦織選手の今後の活躍を心から祈っています。怪我を乗り越え、再びコートで輝く姿を見せてくれることを、多くのファンが待ち望んでいることでしょう。私もその一人です。今回のカムバックが、彼のテニス人生において、新たな章の始まりとなることを願っています。