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#3 「高みのギーセ」

「おい、青島!会議資料まだ出来てねぇのかよ!いつまで待たせんだよ、もういいわ、桃田!行けるか?青島のヤツ、もう仕事したくねぇんだってさ。世の中舐めてるよなぁ、ヨロシク頼むわ、今日中な!」

部長の塩塚の横暴振りは、今日に始まった事ではない。
青島と桃田とは、同部署、同期の赤松にとっては、日常であり、金曜の夜、この塩塚への不満を肴に、何杯の酒を呑み交わしたかは、数えきれない。

会社の命運を賭けたプロジェクトの担当が、この部署に決まったその日から、塩塚は、自身の出世の道を見出だしたのであろう、今までに増して、その横暴振りを加速させていった。

「お前ら、これ失敗したら分かってるよな?クビだぜ、クビ。黒川、お前のトコ、一番上の坊主、次の春で小学校だろ?ここで頑張れない父親から産まれた子供が立派に育つかね?違うか?まぁいいや、辞めたいヤツいたら、今日にも辞めてくれ、邪魔なだけだ。分かったら、寝てる暇も無いんだから、自分等の仕事を完璧にやるだけ、馬鹿でも出来るぜ、今日も必死にやれよな。」

朝礼時の塩塚の挨拶中、普段から感情を出さない黒川が、血が滲み出るかの如く、力強く自身の拳を握る姿だけが、脳裏に焼きついた。

今朝、力強く自身の言葉を発した塩塚は、当然のように、今日も定時を待たずして自身のデスクを立つ。

「なぁ赤松、塩塚の野郎、今日も女のトコだろうな。アイツ、今日何の仕事してたんだろうな。椅子座って、女とメールしてるだけで、俺らの倍の給料貰ってんだぜ?いよいよ、この会社も終わりだよな!」

塩塚の退社を見るや否や、周囲の耳を気にする事なく、当たり前のように、スイッチの壊れた大きな声で話しかけてくる、通称、玉子先輩。「玉子」と呼ばれる理由は、黄味(きみ)という珍しい苗字に起因する。

声が大き過ぎるのは玉に瑕だが、その陽気なキャラクターと、仕事に真面目に取り組む姿勢は、部内だけに留まらず、社内全体から一目置かれ、ムードメーカーの役割りを一手に引き受けてる様な人だ。

「赤松知ってるか、塩塚の女ってのが、今回のプロジェクトのクライアントのA社の社長の奥さんて話。だから今回ウチの部署に話が回って来たって話よ。」

「えっ?」

初耳だった。その話の信憑性はさておき、もし、話が本当だとすれば、この1ヶ月間、毎日始発から終電ギリギリまで、休日出勤も止むなしと働き詰めて来た結果、

ある一人の私利私欲の為のものであったとされたら、自分自身いや、この部署全員の努力が報われない。

そんな事を考えてた矢先、

「それが本当なら、許せないですねぇ。」

珍しく黒川が口を開く。黄味の大きな声が届いたのだろう。

「ホント、許せないですね。」
「いや、許したく無いですね。」

桃田と青島も覚悟を決めた様に口を開く。

「明日、向こうの社長も交えた最終プレゼンですもんね。完璧な資料を作らないとですね。覚悟決めてやりますか。」

赤松の一言に、皆一様に頷く。

翌日迎えた最終プレゼン。部署を代表して、赤松が自身のパソコンをプロジェクターに接続し、資料をスクリーンに投影する。

昨日は終電どころか、貫徹作業で資料をまとめ上げ、過大評価ではなく、完璧なプレゼンだった。

「素晴らしいご提案ありがとうございます。こちらで、引き続き、宜しくお願い致します。」

先方社長の合意を得たその言葉に、

「ありがとうございます。」

部署内全員の心からの感謝の言葉が漏れる。

「塩塚さん、素晴らしいチームをお持ちだ。これなら、このプロジェクト、何の心配もないですね。」

「とんでもございません。部下達には、日頃から現状で満足するな、見るべき高みはまだまだ先だと、強く申しております。これからもチーム一丸となり、より高みを目指して精進して参ります。」

「それは心強い!」

A社社長の心を掌握するかの如く、深々と頭を下げた塩塚の顔は笑みに溢れていた事を見逃してはいなかった。

「社長、重ねて、ご提案をさせて頂いても宜しいでしょうか?」

赤松が口を開く。

「んっ?追加の提案とはなんだ赤松、聞いてないぞ。」

塩塚の表情が場の空気と共に、硬直するのが分かる。

「赤松さん、どの様なご提案か存じませんが、お聞かせ願いますか?」

「はい、かしこまりました。」

赤松が画面に投影した画像は、昨日の夜、
塩塚と社長夫人が食事を共にする姿、手を腰に回し街を歩く姿、そのまま二人でホテルに消える姿が映し出されていた。

「塩塚さん、これは...?」

「ありがとうございました。」

赤松・青島・黄味・黒川・桃田は、その一言と共に、
席を立ち、会議室を後にする。

横一列に並び、各々の右手に握られた白い封筒をもつ後ろ姿は、勇敢と正義を身にまとい、原寸の倍以上の力強さを感じた。



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